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2012年06月28日
■残虐写真の力
記事「歴史的役割を終えた一人っ子政策が廃止されない理由=罰金財政と一票否決制―中国」で取り上げた陝西省安康市の強制中絶事件。2人目の子どもを妊娠した馮建梅さんが社会扶養費(一人っ子政策違反の罰金)4万元を支払わなかったため、当局が強制的に堕胎を敢行したという事件だ。
事件後、馮さんの家族はすでに普通の赤ちゃんとそう変わらぬ姿となった赤ちゃんの遺体と馮さんを並べた写真を撮りネットに掲載。当局の非道を訴えた。その強烈な写真のインパクトでたちまち中国のホットトピックとなり、また世界的な話題ともなった。
(ブログ「政治学に関係するものらしきもの」が写真を掲載)
事件の盛り上がりを受け、6月中旬段階で安康市は謝罪声明を発表している(CNN)。
中国には「囲観」(野次馬の見物)という言葉がある。注目度が大きければ大きいだけ政府が事件をもみ消すことができなくなるだけに、野次馬の注目こそが力だという発想だ。その意味では残虐すぎる写真を撮影した馮さん家族の圧倒的勝利と言えるかもしれない。個人的には強制中絶を受けた揚げ句に、死んだ赤ちゃんの遺体を側においた写真を撮られた被害者・馮さんはどんな気持ちだったのか考えると心穏やかになれないのだが……。
■地元政府の反撃
世界的な注目を集め、また市当局の謝罪を引き出したことで、赤ちゃんの命は戻ってこないものの、補償金や関係者の処罰などは順調に進むのではないか……と思われていたが、そう簡単には話は終わらなかった。
亜州週刊によると、北京市の張凱弁護士、中国青年政治学院法律学部の楊支柱副教授が馮さん一家に支援を申し出たが、彼らは乗り気ではなかった。今後もこの地で生活する以上当局と争いたくない、お上はわかってくれるという態度だったという。
ところが市政府が謝罪した後も、責任者の処罰や補償の話は一向に進まない。上述したとおり、野次馬たちの注目こそが力だけに時がすぎて事件が風化すれば、被害者の立場はどんどん不利になっていく。これで態度を変えた馮さんの夫・鄧吉元さん。21日に訴えるために北京に向かおうと決めた。
すると地元当局のお役人が出てきてブロック。翌日、再度北京行きにチャレンジするも再びブロックされ、しかも「隣村の酔っぱらい男」に殴られるというおまけまでついた。中国ネット民の間では「そんなに都合良く酔っぱらいが出てくるのかよ」「地方政府の新戦術やで!」というツッコミの嵐だったという。
同22日、鄧さんはこれまで拒否してきた海外メディアの取材を受けた。この独誌「Stern」の取材を受けたことで地方政府も態度を硬化させる。馮さんは病院に監禁され、24日からは鄧さんの自宅前に「売国奴を痛打せよ。村から追い出せ」との横断幕が貼られ、十数人の男らがデモ行進(?)。これを撮影した鄧さんの親族が殴られる事件も起きた。24日には鄧さんが「失踪」。連絡がつかなくなった。
■ついに下った関係者への処罰
このあまりにもあまりな事態が再び中国メディア、海外メディアの注目を集める中、26日に大きな動きがあった。安康市はついに関係者の処分を発表。県人口計画生育局局長の江能海、曾家鎮党委副書記、鎮長の陳抨印を解任。他5人の官僚に警告、紀律違反処分を下した。また県政府に馮さんに対する生活補助を与えるよう指令している(新華社)。
さらに28日には国家計画生育委員会が問題ある一人っ子政策違反の罰金徴収をやめさせるため監督グループ10組を、問題が深刻な19省・市に派遣することを発表した。「一人っ子政策関連業務は市民の重大な利益にかかわるだけに、業務に問題があれば宜しからぬ影響をもたらし、党と国のイメージを傷つける」のが理由だそうだ(新京報)。
■党と国のイメージを守るために
思いっきり全力で「党と国のイメージを傷つける」ことに成功した、今回の強制中絶事件。妊娠7カ月の女性を拉致して中絶するだけでも相当だが、さらに売国奴扱いすることで事件は殿堂入り級に昇格したと言えよう。県担当局長及び鎮長のクビを飛ばすぐらいとっととやればよかったのにと不思議でならない。
まあそういうことを言い出すと、米中間の国際問題にまで発展した人権活動家・陳光誠の事件も同じだ。陳氏は裁判を支援しただけで、「故意の財産破壊及び人を集め交通を乱した罪」に問われたが、刑期満了後も一切の法的根拠がないまま自宅軟禁を強要された。中国の支援者の注目を集め、国際的な注目の的となっても違法拘禁は続き、脱出と米国大使館の保護という大問題に発展した。その後、山東省の警察トップ、司法トップが解任されているが、問題の責任をとらされたと見られている。
強制中絶事件にせよ、陳光誠の軟禁にせよ、中国政府を揺るがす問題ではなく、早期に対処すればこれほど「党と国家のイメージを傷つける」ものとはならなかった。それがこれほど対応が遅れたのは、地元政府の保身と大事件にならないかぎり介入しない上級政府の不作為だろう。
そう考えれば、共産党のイメージを守るために変わらなければならないのは誰なのかは一目瞭然にも思えるのだが。
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