• お問い合わせ
  • RSSを購読
  • TwitterでFollow

中国農業の新たな転機=再集団化の前に立ちふさがるホールドアップ問題(岡本)

2012年06月30日

■中国農業の産業化(集団化)<岡本式中国経済論37>■

*本記事はブログ「岡本信広の教育研究ブログ」の2012年6月30日付記事を、許可を得て転載したものです。


■改革開放から再集団化へ

中国農業に再集団化の傾向が見られます。1978年以降の改革で農家経営請負制が導入されて以来、経営自主権を取り戻した農民が一生懸命働くようになりました。しかし、農地が人口(家族数)に応じてほぼ平等に配分されたために、零細農家が大量に誕生しました。

このため農村では、市場の荒波に翻弄される農家が増えるようになり、農家の組織化が必要ではないかと言われるようになります。流通も国営であった供銷合作社が民間の流通業者にとって代わり、農家は仲買人が農作物を買付に来るのを待つ状況となり、仲買人に買い叩かれることとなりました。農家が経済取引上、不利な立場にあり、それゆえ農村の経済発展が難しいという状況に置かれています。

そこでよく言われるのが日本の農協のようにある程度の組織化です。

先進国でも農業の集団化は進んでいます。正確には組織化ですが、食の安全などの理由により、畜産業では鶏の飼育からその加工、製品まで一貫して企業が行うということがあります。これが垂直統合であり、インテグレーションと呼ばれます。一方で、そこまでいかなくても契約によって農家へ技術指導を行うとともに品質の揃ったものを一括して買い上げるといったゆるい組織化もあります。例えば、日本の商社が山東省の野菜を冷凍加工するときには、契約農家を作ります。

どちらにしても農家にとっては、農産品に対するリスクを軽減することができるので、安定的な供給を行うことができます。


1.農業産業化の意味

農業産業化の定義をみてみましょう。

「アグリビジネスの主たる担い手である龍頭企業が中心となり、契約農業や産地化を通じて農民や関連組織(村民委員会、農民専業合作組織、仲買人など)をインテグレートすることで、生産、加工、流通の有機的な結合を形成し、農産物の市場競争力強化と農業利益の最大化を図ると同時に、農村の振興と農民の経済的厚生向上を実現すること」と定義されています(池上・寶劒2009)。

産業化は基本的に以下の考えにそっています。

①農民の農業経営のリスク(天候リスク、不作リスク、販売リスク等)を軽減する。
②企業の食品経営のリスク(農産物の安全など)や取引コスト(農家から直接購入するなど)を軽減する。

農業から消費者の口に運ばれるまでのサプライチェーンを企業がマネージすることによって、よりよい品質でより安い製品を提供することが可能であると思われます。

このように農業産業化は農家にとっても農民にとってもはたまた消費者にとってもいい政策のようですが、思うようには進んでいないようです。


2.農業産業化の流れ

90年代には農業産業化の動きがあったようですが、中央がこの言葉を使うようになったは、1998年第17期三中全会での「農業・農村工作に関する若干の重大問題に関する決定」です。ここで農業産業化は農村や農業における重要な戦略であると位置づけられます。

2000年1月には中共中央と国務院から「2000年の農業・農村工作に関する決定」が出ます。龍頭企業(アグリビジネス企業)に対して、基地建設、資金調達、設備導入、輸出振興などを政府が支援すること、そして龍頭企業を中心に農業産業化を行うという方策が打ち出されます。

さらにこの施策を具体的にしたのが「農業産業化経営重点龍頭企業を支援することに関する意見」です。国家に指定された龍頭企業はさまざまな支援を受けられるようになりました。

農業産業化の歩みはゆっくりしたものであったので、2008年11月の第17期三中総会において、さらなる農業産業化の推進が確認されます。


3.産業化の課題

このように農業産業化が政府の支援の元ですすめられてきましたが、さまざまな課題がありました。

渡邊(2009)は豚の生産する農家と豚肉加工を行う龍頭企業の関係を分析しています。企業+農家という形で産業化が進むことが期待されたのですが、実際にはうまくいかず、企業+仲買人+農家という形になっていることが指摘されています。企業にとって、仲買人を使うほうが農家との関係をより低いコストでマネージすることができるからです。

企業+農家がうまくいかないとなれば、農家と企業の間に仲介が入ればよいということになります。結果、中国では、農家+仲買人+企業という取引関係が一般化されます。

これも問題です。仲買人が農村にやってきてどれをどれだけ買うかは仲買人が勝手に決められます。一種の需要独占であり、農家は仲買人の言うことを聞かざるをえません。この場合、農民や農村の発展は期待できないということになります。

となるとやはり何かしらの農民の組織化が必要です。組織化することによって、播種、管理、収穫等の作業の効率化、農業機械の共有化、販路の確保、交渉力の強化など、農民や農村の厚生向上にとってさまざまなメリットが期待されます。

このため人民公社なきあと、組織されるようになったのが農民専業合作組織です。農民専業合作組織は、龍頭企業と農家の仲介になることが期待され、価格や数量の交渉、多数の農家のとりまとめ、そして技術指導などが期待されました。2005年3月には「農民専業合作組織の発展を支持・促進することに関する意見」が出てきて、合作組織の法制化が行われるとともに具体的な支援策が打ち出されました。

寶劒(2009)によると、地方政府が主体となって合作組織を作るパターンや仲買人が中心となって設立したもの、龍頭企業が設立するもの、農家が起業してつくるものなどさまざまな合作組織ができたようです。それでも地方政府による合作組織が中心でした。

さて、この農民専業合作組織は企業+農民の間を仲介し農業産業化に貢献したのでしょうか。寶劒(2009)は四川の事例を報告しており、うまくいっているところもあるが、現状農業の技術支援や技術普及、情報提供にとどまっているのが現状のようです。(ただし、合作組織の数は近年増えていることが報告されています。)

やはり、人民公社解体以降、零細農家を組織化する、あるいは龍頭企業の垂直統合によって農業を産業化するのは難しいようです。


4.ホールドアップ問題

農民を組織化することや企業の中に入る垂直統合には何の問題があるのでしょう。1つめはフリーライダー問題、もう1つはホールドアップ問題が指摘できそうです。

農民専業合作組織は地方政府主導で作られています。合作組織はある種の公共財です。組織ができれば作業効率や技術向上、さまざまな面でコストを削減しメリットが得られそうです。龍頭企業における垂直統合も同じようなメリットが考えられます。農民は農産物の買い上げについて心配することなく、労働することが可能になります。

しかし、合理的な農民にとってもっともいい選択は組織(企業)の中に入らずに合作組織や龍頭企業の技術や販路情報などの外部性を受け取ることです。つまり組織化の負担はせずに正の外部性はうけとろうとするフリーライダーになります。実際、宝剣(2012)の報告によると、合作組織に入る、入らないの違いで農民収入の違いは存在しないようです。無理に組織に加入しなくてもよいということになります。ただ実際は加入者は全国で増加しているので、政治的な圧力によって組織加入が進んでいるようですが、事実上は組織化されているとは言いがたいでしょう。

つまり、農民専業合作組織が政府主導で作られているのも納得がいきます。

もう一つのホールドアップ問題は、組織化しようにも組織化できないということを意味します。

組織や企業は農民に指導通りに水準の高いものをしっかり生産してもらいたいのですが、合理的な農民にとっては一旦組織のなかに入ってしまうと、解雇される恐れがないために、きちんと働かない(あるいはいい農産物を生産しない)という選択が最適になってしまいます。また自由に農業をやっていたところに企業や組織に口を入れられるとますますやる気を失うでしょう。その状況を想像すると企業も組織化を行うというインセンティブがなくなるので、企業や組織にとって農民を組織化を行わないというのがもっとも合理的な選択となります。企業、農民ともに組織化に対してホールドアップ(お手上げ)状態になります。

合作組織がそこまでのきついしばりのある組織ではないにせよ、組織化には難しいハードルがあるようです。

中国では農業産業化よりも契約農家として企業と併存する形態が普及しているようですが、その理由として、①リスク、②ホールドアップ問題、③監視、管理コストがあげられています(池上・寶劒2009)。また渡邊(2009)には、契約農家の方が品質管理の面においてもしっかりしているというアンケート調査結果が示されています。

中国では農民、農村の厚生増大のために農業産業化が期待されていますが、現実、企業と垂直統合するよりは、契約農家のままで、農民専業合作組織で農民の取引コスト削減、交渉力の増大が目指されていますが、実際はつかず離れずといった形のようです。

この形態にはなんらかの合理性があるのかもしれません。農民行動の背景にある合理性が理解されれば、今後の産業化政策にも何かしらの有益な提言が可能になってくるでしょう。

農業産業化の今後の研究に注目していきたいと思います。

<参考文献リスト>
神戸伸輔(2004)『入門 ゲーム理論と情報の経済学』日本評論社
池上彰英・寳劒久俊(2009)「農村改革の展開と農業産業化の意義」(池上・寳劒編『中国農村改革と農業産業化』アジ研選書18アジア経済研究所)
渡邊真理子(2009)「農産物市場における龍頭企業と農民の取引関係-豚肉産業を事例に」(同上書)
寳劒久俊(2009)「農民専業合作組織の変遷とその経済的機能」(同上書)
寳劒久俊(2012)「農民専業合作社による農業経営の変容-農家調査に基づく実証」(中国経済学会第11回全国大会2012年6月24日)

関連記事:
零細農家から大企業へ、端境期の中国農業=「豚荒」から読む中国農業―北京で考えたこと
「儲かる農業」でネオンきらめく大都会に=「農業都市」寿光を見た―中国農業コラム
技術革新、石油農業、補助金の弊害=中国農業の今を読み解く―北京で考えたこと
中国で農業に取り組む日本企業=「外資に警戒せよ」と中国メディアがやり玉に―北京で考えたこと
数字合わせの食料安全保障=内情は深刻な状態に―中国農業コラム
「農作業?だるいッス」やる気ゼロ農民急増中?!恐怖の怠け者農法―中国農業コラム

*本記事はブログ「岡本信広の教育研究ブログ」の2012年6月30日付記事を、許可を得て転載したものです。

トップページへ

コメント欄を開く

ページのトップへ