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【ブックレビュー】「嬰児殺し」という作られた伝統=『女性のいない世界』を読む

2012年08月01日

【ブックレビュー】マーラ・ヴェスティンドール、太田直子訳『女性のいない世界 性比不均衡がもたらす恐怖のシナリオ』講談社、2012年6月


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本書が入り口にしているのは、パリ人口開発研究所のクリストフ・ギルモト上級研究員の研究だ。

■ギルモトの研究

現在、アジアの出生性比(女児100人に対する男児の出生数。104~106が正常値)は異常な状態を記録している。同氏が2005年に試算したところによると、アジアの出生性比が正常値(女児100人に対し男児105人)を維持していたならば、アジアにはあと1億6300万人の女性が生まれていた。

なぜ異常な性比が存在するのか。中国の一人っ子政策と強制中絶。インドの嬰児殺しについてはよく知られているところ。従来、異常な性比をもたらすのはローカルな問題であり、経済成長の過渡期における一時的な現象であり、経済成長が続けば自然とそうした悪習は消えるとの解釈が一般的だった。

ギルモトはアゼルバイジャン、グルジア、アルメニアなどのコーサカス地方やバルカン半島でも異常な性比が存在することを発見する。その手段となっているのは超音波検査などの出生前性別検査を利用した産み分けだ。そして、産み分けはローカルな問題ではなく、地球規模の問題であると指摘する。問題は宗教や地域、文化ではない。産み分けが見られる国の特徴は

(1)近年急速に発展し出生前検査が受けられる程度の医療制度が整備されている
(2)中絶手術が普及している
(3)修正率が下落している

にあると指摘する。そして異常な性比をもたらしている産み分けは貧しい人々からではなく、むしろ都市部の教育水準の高い社会階層から始まる。


■異常性比の現状:第1部「どこのうちも男の子ばかり」

本書は3部構成から成り立っている。第1部は中国やインド、アルバニアなど異常性比が存在する国の現状、関係者のインタビューでまとめられている。中国に興味を持つ者として面白かったのが一人っ子政策誕生の裏話だ。

1975年、中国の研究者・宋健がオランダを訪問する。その際、地元の理論巣学者ヘールト・ヤン・オルスデルがカフェでおしゃべりの相手をしていたが、人口抑制のための思考実験について放した。ある架空の島の人口を制限するという仮定で、出生数を制限することが最良の手段と話したところ、宋健は異常な興味を示し、後の一人っ子政策につながっていくという。

もう一つ、興味深いエピソードがインドの話だ。植民地インドにおいて、嬰児殺しは一部カーストの文化・悪習ととらえられていたが、実際には植民地行政下で新たに誕生した部分が大きいという。その例が徴税官階級ザミーンダールだ。イギリスの徴税改革によって仕事を失ったザミーンダールたちは一族の財産を守るために高額な持参金が必要となる女児を避けるようになった。こうして嬰児殺しという「伝統」が生まれた。他のカーストにおいても植民地政府の管理が厳しくなるなか、嬰児殺しの「伝統」が生まれる。裕福なカーストから貧しいカーストへと風習は広がり、植民地政府が取り締まろうとした時には立派な伝統に変わっている。


■人口抑制と産み分け:第2部「すばらしい構想」

続く第2部では異常性比の原因となった産み分けの背景が解き明かされる。マルサスの人口論をもとに人口増加が世界的危機につながるとの認識が広がり、世界銀行、国連人口基金などの国際機関を通じて、インドや中国などの途上国に人口抑制を求め、協力した場合には莫大な資金が提供されていた。

人口抑制の舞台の一つとして日本があげられている。マッカーサーの上官だったウィリアム・ドレーパー将軍は熱心な人口抑制論者。戦後の急速な人口増加が日本の貧困化、そして共産化につながりかねないと日本の産児制限の合法化を推進した。

またフェミニストについての指摘も興味深い。中絶を女性の権利として運動してきたフェミニストは産み分け規制が中絶拒絶につながりかねないと消極的な態度をとるものが多く、大きな声にはならなかったという。


■異常な性比がもたらすもの:第3部「女性のいない世界」

最後の第三部では異常性比がもたらす問題について語られる。が、これまでの章と比べてやたらと残念な記述が目立つ。

独身男性のほうが既婚男性よりもテストステロンが高く、またテストステロンは人間の攻撃性向を高めると紹介する。さらに古代ローマの創成期、アメリカの開拓時代、中国の捻軍や太平天国などの歴史的事例をとりあげ、男過剰社会の暴力性だと紹介する。果ては中国人のサバイバルゲーム・サークルまで暴力性の証明としてとりあげるのは噴飯物だ。

興味深い指摘としては、異常性比が続き女性の希少性が高まることで女性の地位は上がるのか、という問い。女性の価値があがったとしてもそれは商品としての価値であり、利益を受けるのは親であったり、結婚ビジネスの業者でしかないとの見方を示している。



■最後に

駆け足での紹介となった。本書が解く「性比異常の世界的同一性」「産み分けの要因は文化や宗教ではなく、国際機関による働きかけ、世界的な風潮と社会経済的条件によるもの」との指摘にはうなずかされる。また本書に登場する多くの登場人物が語る産み分けの現場の実情もすばらしい。

それだけに異常出生性比がもたらす問題性についてももう少し突っ込んだ分析があっても良かったのではないか。

中国はすでに30歳以下の男性人口は女性よりも2000万人も多い。今後、この差はさらに拡大していくうえに、年上の男性と年下の女性が結婚するケースが増えることで若い世代ほどパートナー探しが難しくなる。結婚できない男は果たして本当に社会不安の要因となるのか、独り者の高齢化問題はどうなるのか、などの具体的な社会問題についての考察が欲しかった。

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