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2012年09月22日
日中国交回復以降,異例ともいえる反日デモの規模,そして中国の対日強硬姿勢,いったい何が起きていて,今後どうなるか,考えてみたいと思います。
まずはここまでの経緯を簡単に抑えておきましょう。
経緯1.領土問題
まず,領土問題の確認です。
佐藤賢(2011)によれば,日本外務省は尖閣諸島の領土問題は存在しない立場です。しかし,日中国交回復時に鄧小平が(領土問題は)将来世代が解決すること,という言葉に否定しなかった,ので,中国側は先送りされた課題として捉えています。
中国側はこの尖閣諸島問題について,現状維持を強く望んでいました。尖閣諸島を開発したり,何か手を加えることは現状維持を破ることであり,日中国交回復時の約束が破られるということを意味します。
経緯2.前哨戦
4月に石原慎太郎東京都知事の尖閣買い取り表明がありました。
8月4日には山谷えり子参院議員を会長とする超党派「日本の領土を守るため行動する議員連盟」が戦時中に遭難した疎開船の犠牲者の慰霊祭を行うため19日に尖閣に上陸できるよう許可を政府に申請する動きが表面化します。(13日に政府が却下している。)
香港の活動家らはこれを阻止しようと,8月12日に香港を出航します。15日に尖閣に上陸した保釣活動家を沖縄県警が入管法違反で17日に強制送還しました。これは2010年に尖閣諸島の漁船の船長を拘束して日中関係が悪化したために,取られた措置です。
経緯3.反日キャンペーンの本格化
香港の保釣活動家は鳳凰(フェニックス)電視台の記者と一緒に尖閣に上陸したため,鳳凰は積極的にこれを報道します。
8月15日頃から中央電視台も,大々的に釣魚島は我が国の領土という愛国放送が展開されるようになりました。新聞各紙も,釣魚島は中国の領土である,日本の行動を非難する愛国記事が紙面を踊るようになりました。8月18日には西安(陝西省)を皮切りに,19日には全国25都市以上で反日デモが一斉に展開されました。
8月19日に発生した反日デモのうち,日本料理店の窓ガラスを壊すなど暴徒化したのは深圳だけだったようです。その他の都市は,「日本製品ボイコット」や「小日本は出て行け」など,横断幕のフレーズは厳しいものの,整然と行進が行われました。
8月27日には丹羽大使の公用車が襲撃され,日の丸が奪われます。犯人は捕まりましたが,中国国内では愛国行動として褒め称える声がネットであがり,中国政府も行政処分に近い形でお咎めしただけでした。
経緯4.尖閣諸島の国有化と中国の反発
中国の強硬的態度のきっかけとなったのは,9月9日のウラジオストックでの胡錦濤国家主席と野田首相との立ち話,そして翌日10日の日本の尖閣諸島国有化決定です(遠藤2012)。
9月9日,ウラジオストクでアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が開かれました。胡錦濤国家主席はタイトスケジュールの中で,野田首相と立ち話という形で会談,国有化の方針を見直すように強く迫りました。しかし翌日に野田首相は国有化を決定したため(既定路線であったので),胡錦濤国家主席はメンツがつぶされた形となりました。
これが,胡錦濤国家主席の怒りを買ったと言われ,中国が対日強硬姿勢に転じたとされています。
■ゲーム理論から日中間の対立を考える
ここまでの経緯を抑えた上で、現在の日中関係をゲーム理論的に考えてみましょう。今の対立はチキンゲームの様相を呈しています。
チキンゲームとは,自分と相手の自動車のアクセルを固定し,スピードを出してお互いが正面衝突するように走り,どちらかがハンドルを切って逃げれば,チキン(弱虫)として不名誉なレッテルがはられるゲームです。だからといって,自分と相手がハンドルを切らなければ,互いが正面衝突し,どちらも最悪の結果となります。
図はこのチキンゲームの様相を表しています。
中国が日本の譲歩を得られるまで強硬姿勢を貫くか(右上),日本は中国が反日デモで国内不安定になって鉾をおさめるまで強硬姿勢を貫くか(左下),あるいは最悪の場合,尖閣諸島付近で小競り合いから武力衝突ということ(右下)もありえます。
つまり現時点では,このゲームの解は3つ存在します。
①中国が譲歩(日本の利得5,中国-5)
②日本が譲歩(中国の利得5,日本-5)
③(武力衝突も含めた)日中関係の悪化(中国,日本の利得-10)
将来的に,どのような形で決着がありうるのでしょうか。
ゲームの解が3つありますが,展開ゲーム、つまり「相手の出方を伺いながら戦略を決定していく形」として考えると、解は絞られてきます。その場合、重要なのはどちらが最初のアクションを起こしたかです。
(1)日本が中国を譲歩させる:最初のアクションが日本だと考えた場合
最初の第1歩を,日本の尖閣諸島国有化とします。これをみた中国が取る戦略は2つ。1つは強硬姿勢になること,もう一つは折れることです。
現在,中国は強硬姿勢になるという戦略を採用しました。中国が全速力で日本の車に向かってきています。国内デモが制御仕切れなくなるというリスクを犯しながらも,官民一体となって反日運動を展開しています。日本が中国を譲歩に追い込むためには,この中国の戦略に対して,日本は絶対に譲らないという姿勢を示すことが必要になります。日本が絶対に譲らないとなれば,中国は戦争を避けるために,自らが強硬路線から融和路線に転じざるを得ません。
チキンゲームでいうと,お互いの車がスタートした時点で,日本はハンドルを取り外したことを中国に見せます。これは絶対に譲らないことを示すことになります。それをみた中国は正面衝突を避けるためにハンドルを切るか,ぶつかっていくしかありません。
中国貿易の対日依存,国内の安定を考えると,正面衝突は確率として低いように思います。といっても,日本の側も対中国に対して,ハンドルを外す,というそこまでの強硬路線が採用されるかどうか,これはなんとも言えません。
(2)中国が日本を譲歩させる:最初のアクションが中国だと考えた場合
最初の第1歩が胡錦濤国家主席をはじめとするチャイナナインの反日闘争指示だとします。中国の国内では,格差が存在し,若者の就職難など社会不安定な要素を抱えています。こんな時に反日デモを起こすということは,現政権にとっても政権批判につながりかねません。それにかかわらずデモを容認してきました。このために一部が暴徒化しました。
これは中国がチキンレースの時に,ハンドルを取り外した状態です。あとは日本がハンドルを切って中国を避けるか,ぶつかるかしかありません。もし日本側がハンドルを切ってそれを避けようとすると,中国が得をして日本は野田政権への求心力は低下,政権は解散総選挙に追い込まれてしまいます。
日本は中国の対日強硬姿勢を,ぶつかるのか譲歩するのか,次の一手を考えなければならない状況です。日本にとっても中国と正面衝突はいい選択ではないでしょう。日系企業が多く中国に進出している中で,衝突は日本の経済に悪影響を与えます。
もし日本側がハンドルを切って衝突を避けようとし,領土問題で譲歩をすると,中国が得をして日本は野田政権への求心力は低下,政権は解散総選挙に追い込まれてしまいます。
(3)武力衝突!?
相手の出方を見ながら,戦略を選択していくとなると,このチキンゲームではどちらが先に「後に引かない」(ハンドルを捨てる!)ことを見せるかになります。これがハッタリだとわかれば,脅しはきかず,話し合いの余地が出てきます。
この意味で双方の全面的武力衝突は非現実的と思われます。
一つは,中国は10月に第18回党大会を控えており,政権交代が行われます。この時に無駄な混乱は避けたいと思われます。もう一つは,日本はアメリカは尖閣は安保の対象としながらも,領土問題は日中二国間の問題という姿勢をとっています。平和憲法をもつ日本はアメリカなしの単独武力行使には一定の歯止めがかかっています。
日中双方ともに,このチキンゲームでどちらもハンドルを捨てて,強硬姿勢でぶつかってやる,という態度が取りきれていないように思います。したがって双方ともに国内からチキンと言われないような形での譲歩が可能かどうか探ることになるでしょう。
■日中ともに「相手が挑発してきた」と考えている
悩ましいのは,中国は,日本が尖閣問題について現状維持を変えた(最初の1手は日本だ)と思っていることです。ところが日本は国有化は現状維持であると思っていて,中国が強硬姿勢をとった(最初の1手は中国だ)と思っていることです。
どちらも相手が仕掛けてきたので,このゲームにおいてハンドルを捨てる(強硬路線を採用する)ことが有利な支配戦略になっています。このゲームの構造を変えるには,二国間での交渉解決は難しいので,国連の場を活用することが考えられます。中国は素早くその行動をとっています。
国際社会における外交駆け引きに日本がどうでるか,注視する必要があります。チキンゲームをやめるために(ゲームの構造を変えるに)は国際社会という第三者を入れる必要があるでしょう。(でもアメリカにその気はないので,国際社会世論を日本の味方にしないと日本は対処が難しくなります。)
<参考文献リスト>
佐藤賢(2011)『習近平時代の中国―一党支配体制は続くのか』日経新聞出版社
城山英巳(2012)「「尖閣対立」本格化から1カ月 日中関係はどう変わったのか-「冷静」から「緊張」局面へ」『WEDGE Infinity』
遠藤誉(2012)「発火点は野田総理と胡錦濤国家主席の「立ち話」 中国政府の決意――最大規模の反日デモの背景」『日経ビジネスオンライン』
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*本記事はブログ「岡本信広の教育研究ブログ」の2012年9月22日付記事を、許可を得て転載したものです。