2012年10月2日、広東省深圳市で一人の男性が死亡を宣告された。反日デモで確認された初めての死者となった。
■日本メディアの報道
反日デモで中国人男性死亡…結婚式前の悲劇
読売オンライン、2012年10月8日
7日付の中国紙・南方都市報は、広東省深セン市で9月16日に起きた反日デモの現場で頭を打って入院中だった中国人男性(27)が2日に死亡したとの記事を掲載した。
日本政府の尖閣諸島国有化に抗議する反日デモで死者が出たとの情報はこれまでインターネット上などでは見られたが、中国主要メディアの報道は初めて。
男性は、死亡した2日に結婚式を挙げる予定だった。南方都市報は比較的自由な論調で知られ、男性の悲劇を強調する形でデモ現場の混乱ぶりを伝える意図だった可能性がある。
本サイト寄稿者の一人、
水彩画さんから「南方は彼の国士様っぷりな面も書いてますし、読売の伝え方は一面的ではないですか?」とツッコミを受けたので、元ネタの
南方都市報をざっくりとながらご紹介したい。
■南方週末の報道
・鄭軍波(27歳、エンジニア湖北省黄崗市紅安県出身)
深圳第二医院で眠り続けること16日、鄭はついに目覚めることはなかった。9月16日、深圳市の深南大道の柵を乗り越える時に転倒した男性は10月2日、治療は不可能だと死を宣告された。事故当日の朝、鄭はフィアンセの玲玲に電話し、同僚と市内に遊びに行くと告げていた。当時、玲玲は湖北省の実家に帰っていた。2人は10月2日に結婚式を挙げる予定だった。だが、まさにこの日、鄭は死を宣告されたのだった。
・家族の誇りだった
鄭は電子機器工場で働くエンジニア。彼を大学に行かせるため、弟も妹も中学校を卒業してすぐに働き始めた。それでも鄭が卒業した時、一家には12万元(約150万円)の借金が残っていたという。
鄭は2005年に湖北十堰職業技術学院に入学した。実家の土壁は、鄭が子どものころからもらってきた賞状で埋め尽くされていく。大学では同級生に献血するよう呼びかける運動を始めたこともあった。玲玲によると、鄭は努力家で自尊心が強く、自分の運命は自分で変えられると思う強さがあったという。
鄭は大学院への進学を希望していたというが、実家の経済的な要因からあきらめた。2008年に卒業した後、深圳市で専門に合致したエンジニアの仕事を見つけた。貧困にあえぐ実家にとってはわずかとはいえ、希望の光だ。鄭の給与は先日、月4500元(約5万7000円)にまであがっていたというが、毎月3分の2は実家に仕送りしていた。というのも半年前、実家は40万元(約500万円)あまりの借金をして、紅安県県庁所在地郊外に125平米の新居を買っていたからだ。それは結婚する鄭の新居となるはずだった。
・血に染まった深南大道
反日デモが起きた16日、鄭は同僚10人ほどと一緒に現場に向かった。午後1時10分ごろ、彼らは工場に戻ろうとして、深南大道中央の柵を越えようとした時、事件は起きた。あまりに多くの人がよりかかったため、柵が突然倒れたのだ。下敷きになった多くの人が負傷したが、鄭は転んだ際に後頭部を地面に打ちつけ、重傷を負った。
ただちに病院に運ばれ救命治療を受けたが、それから16日間、目覚めることはなく、病院側は家族に死を宣告するにいたった。
・国産品しか使わない男だった
玲玲は昨年5月、人の紹介で鄭と出会った。実家が紅安県の同じ鎮という同郷のよしみもあった。鄭が入院してからというもの、玲玲はずっと病院でつきそった。
鄭とはほとんど喧嘩したことがなかったという。唯一彼が怒ったのは、友達がパソコンを買うのにつきあった時、サムスンの製品を選んだ時だった。一緒に電脳城にいっても、鄭は海外製品には目もくれなかった。また鄭の携帯電話が壊れた時のこと、玲玲は自分が持っていたサムスンのスマホを貸そうとしたが、そんなものを使うぐらいなら数カ月携帯なしで過ごしたほうがましだと言われたという。
鄭と玲玲の結婚式の招待状はすでに親戚、友人へと贈られていた。それどころか、すでにお祝いが届けられたケースすらあったという。鄭の父親は結婚式会場のホテルからの電話を受けた。父はこれまで自分が認めようとしなかった事実を相手に告げた。私の息子はもう死んだのだ、と。そこまで話した時、この毅然とした男性の目から涙があふれ出した。
■誰が反日デモに参加したのか?
というなんとも味わい深い記事。
反日デモ参加中に転んで植物状態となり、結婚式予定日に死を宣告されるという運命の皮肉の物語として読むこともできる。あるいは一家の期待を背負った農村の天才少年君が反日にはまっていくという物語としても読めるかもしれない。
福島香織さんの記事「
「デモで暴れたやつは中国人の面汚し」と北京人は吐き捨てた プチブル層と民工層の間に横たわる深い溝」や遠藤誉さんの記事「
愛国教育は諸刃の刃――中国共産党体制に潜む危うさ 「戸籍」という“安全装置”はもう機能しない」で、反日デモに誰が参加したのか、新生代農民工(新世代出稼ぎ農民)の不満が……という話が展開されている。
読むとそれぞれふむふむと納得する話ではあるのだが、なにせ広い中国の100都市以上で起きた反日デモ。そのパターンはさまざまで、一つの形式に押し込もうとする抜け落ちてしまうものもごまんとあるのは致し方ないところ。もうすぐ結婚式を挙げる予定で、借金しまくりとはいえ、実家に家まで買ったこの農村の天才児・鄭さんの物語はいったいどこに位置するのか、などと考えると途方に暮れてしまうのであった。鄭さんのご冥福をお祈りしたい。
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