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政府の関与で途上国の成長は担保できるのか?林毅夫と新構造経済学論争―中国(岡本)

2012年10月28日

■林毅夫の新構造経済学 ■

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新構造経済学論争とその背景

2012年6月18日、世界銀行チーフエコノミストを退任して間もない林毅夫氏が北京大学で「新構造経済学」と題した講演を行いました(財新網)。「今後20年、中国は8%成長を続ける潜在力がある」「どのような、比較優位のある産業を選び発展させていくかが重要」といった発言内容が話題となっています。

その要因を考えると、今の中国経済の低迷が短期的なものではなく構造的なものではないかとの懸念が広がる中で20年間高成長を続ける力があるとぶちあげたことが一つ。また政府の干渉を減らすことが中国経済発展のカギだという論調が広まっているなかで、政府の正しい介入のやりかたを考える新構造経済学を打ち出してきたことに反発が大きかったのではないかと思われます。

「政府による規制か、市場経済か」という軸は中国での論者のスタンスを見分ける大きな役割を果たしてきたのですが、新構造経済学はその中に新たな論点を放り込んだように見えます。たんなる徒花で終わるのか、あるいは中国における政治と経済の関係を規定する重要な発想となるのかはまだわかりませんが、とりあえず知っておくことは大事か、と。

まだまだ日本語の説明が少ない中、要点を説明してくださった岡本さんに感謝です。(Chinanews)

■鄧小平信奉者の新構造経済学

元世界銀行チーフエコノミスト、中国を代表するエコノミストである林毅夫の「新構造経済学」に異論反論も集まり、注目を集めています。

フィナンシャル・タイムズのマーティン・ウォルフが林毅夫の著作「The Quest for Prosperity」について書評を書いていたので、この書評を参考に林の新構造経済学について紹介します。

林毅夫は鄧小平の崇拝者であるとウォルフは指摘しています。とくに「黒猫でも白猫でも、ネズミを捕る猫が良い猫だ」という言葉の信奉者だそうです。

彼の思想の特徴は、市場の働きが決定的で重要と肯定しながらも、市場の力を正しい方向に推し進める責任が政府にある、とするところです。政府の働きが貧困国家を発展させるとしています。

経済学で「構造」に着目するのはStructural Economics(ここでは構造経済学とします)と呼ばれます。一般に開発経済学の中で、発展には産業や企業(国有とか私有とか)などの構造変化が必要であるところに着目した経済学です。その構造変化に対して政府がどのように関与するかこれが林毅夫の特徴になります。


■新構造経済学の要点

林毅夫自身もフィナンシャルタイムズに新構造経済学を説明する文章を寄稿しています。先のウォルフの書評と合わせて、新構造経済学の要点をまとめてみます。

「企業は発展を阻害する壁を自らでは取り外せない」という発想が前提です。構造変化のためには政府が障害を取り除くように働きかける必要があるという発想です。そのためには「Growth Identification and Facilitation Framework(成長点の見極めと誘導フレームワーク)」がキモ。新構造経済学の中心概念となるようです。

それによると次のような政策提言が可能になります。

1:とある途上国が発展を考えるに際して、生産要素(労働、資本、土地など)の賦存が似ていて発展している参照国を選ぶ。参照国の過去20年間を遡って貿易可能であった業種を探し出す。

2:その業種ですでに国内企業が十分活躍していれば、さらに高度化させるあるいは新企業の参入規制を廃止するなどの措置をとる。

3:その業種で活躍する国内企業がない場合、外国から直接投資を呼び込みその業種に参入を促す。

4;成功を勝ち取っている国内企業の業種を探します。その業種に対しては更なる発展ができるように、インフラを改善する、あるいはR&Dを促すなどの選択が可能である。

5:インフラや企業のビジネス環境が劣っている場所では、経済活動を経済特区や工業団地に集めるようにする。

6:先行している企業に対してはタイムリミットを設定したインセンティブを提供する。


■新構造経済学への反論

発展に伴う経済構造の変化。市場メカニズムを信用しながらも政府が関与する。これが林毅夫の主張の要点のようです。
 
林の主張に対し、反論も少なくありません。

例えば、劉海影による「政府が構造変化に対応するような投資が可能か」という問題提起がそれです(フィナンシャルタイムズ)。政府投資の多くが浪費、過剰投資、重複投資となってしまうことが中国の問題であり、クリスタル・ガラス、鉄鋼、風力発電の業種がその典型であると指摘しています。

*岡本信広の新刊です。

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*本記事はブログ「岡本信広の教育研究ブログ」の2012年10月27日付記事を、許可を得て転載したものです。

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