将軍がソーシャルメディアにやってきた。
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■「中国の勇ましい人」羅援少将
日中の対立が続く中、中国側から勇ましくも恐ろしい声が聞こえている。その“主力”を担っているのは環球時報やCCTVの軍事ニュース番組活躍する軍人の皆様だ。「中国がこんな恐ろしいことを言ってます!」というニュースが日本語メディアでも次々と取り上げられる中、名前を覚えてしまったという方もいるのではないか。
今回はその一人、羅援少将が中国マイクロブログ・新浪微博にアカウントを開設したところ、炎上したというお話。先日、某週刊誌が羅援少将についてとりあげていたこともあり、同氏は中国のみならず日本でもトップクラスに有名な「中国の勇ましい人」となった。ちなみに「東京をミサイルで平地に」と発言したのは羅将軍ではなく某大佐。とばっちりを喰ってしまった格好だが、これもまた日本での将軍の知名度の高さを物語るエピソードなのかもしれない。
羅将軍の発言については、本サイトでも「日本メディアの批判的報道に反論=「中国海軍の第一列島線越えは必然だ」―中国」「「琉球は中国の藩属国、沖縄人は独立を熱望」中国軍高官の愛国論文は盗作でした」といった記事でとりあげている。
■ネット民のオモチャとなった羅援将軍
その羅援少将が2013年2月、新浪微博にアカウントを開設した。最初のつぶやきは10日だが、ブログ記事を発表したという告知(ちなみに「満江紅 釣魚島」という漢詩を書いたという記事。「怒火冲天,拍欄処,血濺楼榭。舒泪眼,倚天抜剣,宇崩石裂」という、これまた勇ましい書き出しで厨二病にはたまらない内容だ)。
その後、22日に初めてつぶやきらしいつぶやきを残している。これがちょっとした話題となり、新浪微博のホット検索ワードに「羅援」がランクイン。フォロワー数も現在28万人を突破している。AV女優の蒼井そらが1376万人と考えると桁が違うが、芸能人ではないわりには頑張っているのではないか。
だが、羅援将軍は注目されたとはいえ、大歓迎されたわけではない。どちらかというとその逆で、つぶやきにコメントを書き込める微博の特性を生かして、あざけりバカにするコメントが殺到。ネット民のオモチャにされたというのが事実に近い。
■脱走疑惑、アカウント乗っ取り問題と延焼続く
その経緯については毎日jpや大紀元がとりあげている。
「軍人のこんな恐ろしい声を聞かされる人民はどれだけ不幸なことか」「人民の軍隊、国家の軍隊なら、まず政治に干渉するな、人民の声を聞け」(毎日jp)と素直に説教するタイプもあるが、それだけではない。
「羅援将軍で中越戦争勃発直前に雲南省から北京に配属替えされてますが、党幹部だったパパの力で脱走したんじゃないですか?」と疑惑を問う声も上がったのだ。これには「羅将軍は元の部署に戻り戦いたいと11回も申請したが認められなかったのだ!」というステキな反論が飛び出ている。
まあ状況証拠だけで脱走疑惑を取りざたするのはさすがに失礼というものだろう。だが、大言壮語が大好きで厨二病の毛のある羅援将軍を前線から引き離そうとしたのだったら、人民解放軍の好判断だったのかもしれない。
さらにさらにアカウント乗っ取り問題まで浮上している。24日、突然、「羅援将軍は軍人にして学者。北朝鮮核問題の分析もきわめてすぐれたもの。その提案はきわめて利にかなったもので、レベルも高い!」と自画自賛しだしたのだ。ネット民に叩かれすぎておかしくなったのかとも思ったが、中国ネット民の分析によると微博の書き込みは、アカウント・新浪軍事の中の人が代行しているらしく、アカウント切り替えを忘れて、羅援将軍に対する援護射撃をぶちかました結果、自爆したものと推定されている。
後に新浪軍事は羅援将軍のアカウントが乗っ取られてのつぶやきだったとコメントしている。あるネットユーザーは「まず将軍のアカウントの安全を確保してから、国家の安全に関心を持つようにして欲しい」と至極もっともな茶々を入れている(
IBTIMES中文版)。
■羅援将軍は“退役”してるんです以上、駆け足ながら中国ネットで話題となった「羅援将軍、微博で炎上す」についてまとめた。これで「あー、面白かった」で終わってもいいのだが、少しは読んで訳にたつ記事を目指して、「過激発言を繰り返す中国軍人とは何者なのか?彼らは中国共産党の意向に従って発言しているのか」ということを考えてみたい。
実は、羅援将軍ら「中国の勇ましい人」については、防衛省防衛研究所の「
中国安全保障レポート2012」の「コラム:活発化する退役軍人の意見表出」が秀逸な分析を行っている。羅援、徐光裕、彭光謙など日本語メディアでもたびたび取り上げられている「中国の勇ましい人」の多くは退役軍人であり、本来の肩書きは「退役少将」。ところが都合良く省略されて、「少将」という肩書きで日本語や中国語のメディアに登場するので、「現役の将官がこんな恐ろしいことを……」という誤解を与えている。
その上で、コラムは「退役少将にしろ、現役の軍人研究者にしろ、彼らの言論活動は人民解放軍や党中央の意向を少なからず反映しているように思われる」「彼らの発言は、中国が今後とり得る政策上の選択肢を示唆するもの」と分析し、退役軍人発言ウォッチングは一定の価値ありと判断している。
■プロパガンダと娯楽の間で確かに羅援将軍ら退役軍人を中心とした「中国の勇ましい人」たちの言動は中国国内の緊張ムードを作り出し、中国政府の意向を読み取るための風見鶏的な機能を果たしている。昨年来続く日中対立に「今度は本当に戦争になるのではないか」と恐れた中国人が多かったが、そうした雰囲気を醸成するのに一役買っていることは間違いない。
だが、果たして彼らの働きを政治一色のプロパガンダととらえるべきなのかについては疑問に思っている。以前にも指摘したことがあるが、「中国の勇ましい人」たちが主戦場とする環球時報は、人民日報社旗下のタブロイド紙としてプロパガンダ先兵としての役割と、生き馬の目を抜く中国メディア市場で勝ち抜いている娯楽メディアとしての立場を両立させている。
そしてまた「中国の勇ましい人」たちも中国政府の意向をとらえたムード作りを行う先兵であると同時に、厨二病的大言壮語が大好きな消費者に応えるライターとしての役割も担っている。しかもその比重はどちらかといえば、後者が大きいように思われる。
例えば先日のレーダー照射事件において、中国国防部の正式声明より2日早く、そのパイロット版と言える内容が環球時報に掲載されている(
【レーダー照射】中国の公式声明に「書かれなかったこと」から考える事件の全体像)のだが、その署名は「環球網軍事特約評論員・雷澤」。羅援将軍をはじめ、きら星の如き勇ましい人たちの反論は的を外したもので、中国国防部正式声明に影響を与えるようなものではなかった。
環球時報にしてもそれなりの重みをもって伝えられる社説と、「本欄の内容は本紙の立場を代表するものではありません」というコラムとを一緒くたにすることはできず、羅援将軍らの活躍の舞台は後者であることは踏まえて置くべきだ。
■金鰤的中国との向き合い方はとっても正しい……多分まとめよう。私たちが中国の勇ましい声に耳を傾ける時にはそれ相応のリテラシーが必要となる。現役軍人の発言なのか、「中国の勇ましい人」の発言なのか。人民日報の記事なのか、環球時報の社説なのか、それとも環球時報のコラムなのか。これらを無視して騒げば、中国の「軍事という娯楽」という文脈に知らず知らずのうちに巻き込まれてしまうことになるだろう。
羅援将軍の微博開設を、時事通信は「
中国タカ派少将がつぶやき開始=「宣伝戦」強化、22万人が注目」と報じたが、そこには娯楽としての軍事メディアという視点、新浪微博サイドが「お客を呼べる有名人」として厚遇している視点を欠いている。
いい加減なおっさんとしての羅援将軍を見て、その上で中国の緊張ムードを理解すること。これが正しい向き合いかたなのではないか。本サイト・金鰤のたんに面白がっているように見える態度は、これはこれで正当性があるものなのだと声を大にしてお伝えしたい。
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