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以下はチベット人焼身抗議者分類グラフ(時系列、地域、人物、生死別) 以下全て、2009年以降の内外合わせ115人の焼身者を対象にしたもの。
1:時系列
2009年 1人:2009年2月27日に四川省ンガバ チベット族チャン族自治州 ンガバ県(以下ンガバ県)で1人。
2011年 14人(チベット内12人 外地2人):3月>1人:ンガバ県で1人。8月>1人:四川省カンゼ(甘孜)チベット族自治州タウ(達日)県(以下タウ県)で1人。9月>2人:ンガバ県で2人。10月>6人:ンガバ県で5人、カンゼ県で1人。11月>3人:タウ県で1人、インド;ニューデリーで1人、ネパール;カトマンドゥで1人。12月>1人:チベット自治区チャムド地区チャムド県で1人。
2012年 86人(チベット内85人 外地1人):1月>4人:ンガバ県で3人、青海省 ゴロチベット族自治州 ダルラ県(以下ダルラ県)で1人。2月>6人: ンガバ県で3人、青海省 ジェクンド(玉樹)チベット族自治州 ティドゥ県(以下ティドゥ県)で1人、青海省 海西モンゴル族チベット族自治州 テムチェン(天峻)県(以下テムチェン県)で1人、四川省 ンガバ チベット族チャン族自治州 ザムタン(壌塘)県(以下ザムタン県)で1人。3月>11人:甘粛省甘南ベット族自治州マチュ(瑪曲)県(以下マチュ県)で1人、ンガバ県で5人、青海省黄南チベット族自治州レゴン(同仁)県(以下レゴン県)で2人、四川省 ンガバ チベット族チャン族自治州 バルカム(馬爾康)県で2人、インド、ニューデリーで1人。4月>4人:四川省カンゼチベット族自治州カンディン(康定)県で2人、ザムタン県で2人。5月>3人:チベット自治区ラサ、ジョカン前で2人、ザムタン県で1人。6月>4人:青海省黄南チベット族自治州チェンツァ(尖扎)県で1人、ティドゥ県で2人、ジェクンド県で1人。7月>2人:チベット自治区ラサ市ダムシュン(当雄)県で1人、ンガバ州バルカム県で1人。8月>7人:ンガバ県で6人、甘粛省甘南チベット族自治州ツゥ市で1人。9月>2人:北京で1人、ジェクンド州ティンドゥ県で1人。10月>10人:自治区ナクチュ地区ナクチュ県で1人、甘南州ツゥ市で2人、甘南州サンチュ県で5人、自治区ナクチュ地区ディル県で2人。11月>28人:黄南州レゴン県で9人、黄南州ツェコ県で3人、青海省海東地区ヤズィ県で1人、ンガバ県で3人、ンガバ州ゾゲ県で2人、カンゼ州セルタ県で1人、自治区ナクチュ地区ディル県で1人、甘南州ツゥ市で2人、サンチュ県で3人、ルチュ県で3人。12月>5人:甘南州サンチュ県で1人、ルチュ県で1人、ゴロ州ペマ県で1人、ンガバ州ゾゲ県で1人、黄南州ツェコ県で1人。
2013年 13人(チベット内12人 外地1人)1月>3人:甘南州サンチュ県で2人、ンガバ州キュンチュ県で1人。2月>9人:ンガバ県で1人、甘南州サンチュ県で2人、ネパール・カトマンドゥで1人、ンガバ州ゾゲ県で3人、青海省海東地区バイェン県で1人、甘南州ルチュ県で1人。3月>2人:ンガバ県1人、ゾゲ県1人。
チベットの伝統的地域に従えば:内地:ウツァンで5人、アムドで90人、カムで15人。(北京で1人。外地:インドで2人、ネパールで2人。)
現在の中国の行政区分に従えば:
四川省チベット人居住区51人:ンガバ州ンガバ(阿坝州阿坝)県30人、ザムタン(壤塘)県4人、バルカム(马尔康)県3人、ゾゲ(若尔盖)県7人、カコク(红原)県1人;カンゼ州カンゼ(甘孜州甘孜)県1人、セルタ(色达)県1人、タウ(道孚)県2人、カンディン(康定)県2人。
青海省チベット人居住区27人:ゴロ州ダルラ(果洛州達日)県1人、ペマ(班玛)県1人:ジェクンド(ケグド)州ジェクンド(玉树州玉树)県2人、ティンドゥ(称多)県4人;海西州テムチェン(天峻)県1人;黄南州レゴン(同仁)県11人、チェンツァ(尖扎)県1人、ツェコ(泽库)県4人、海東地区ヤズィ(循化撒拉族自治)県1人、チャキュン(化隆)県1人。
甘粛省チベット人居住区24人:甘南(カンロ)州マチュ(玛曲)県1人、サンチュ(夏河)県12人、ルチュ(碌曲)県5人、ツゥ(合作)市6人。
チベット自治区8人:ラサ(拉萨)市2人、ダムシュン県1人:ナクチュ(那曲)地区ナクチュ(那曲)県1人、ディル(比如)県3人;チャムド(昌都)地区チャムド(昌都)県1人。
北京市1人。インド2人。ネパール2人。
男性99人(86%)、女性16人(14%)。
10代32人(28%)、20代59人(51%)、30代11人、40代8人、50代2人、60代3人。最年長者64歳、最年少者15歳。
高僧(リンポチェ)2人、普通僧侶30人、尼僧5人、元僧侶14人。宗派別ではほぼ全てゲルク派の僧俗と思われる(俗人については資料がなく断定できないが)。例外として、ニンマ派の僧侶2人、尼僧1人、サキャ派1人、カギュ派の元僧侶1人、ザムタンで焼身の4人の俗人はチョナン派と思われる。
中学校(中高一貫)生徒3人、作家1人、タンカ絵師1人、タクシー運転手(女性)1人、元政府職員1人、ラサのレストラン従業員2人(内1人はサンチュ県出身、もう1人はンガバ県出身の元僧侶)、1人副村長。
農民・遊牧民59人(ウーセルさんの数字に従う、この中には元僧侶も含まれる)
子を持つ母親8人、子を持つ父親18人。
外地(インド、ネパール)で焼身した4人の内2人はTYCの活動も行っていた青年、内1人はタウ県出身。他の2人は本土から来た僧侶、内1人はカンゼ県出身、内1人はセルタ県出身。
死亡確認95人(内地93人、外地2人)。生存者と思われる20人の内、外地の2人は回復している。内地で当局に拘束されていないのは1人のみ。当局の監視の下病院い収容されていると確認されているもの7人、その他10人の消息は生死を含め不明。死亡率約83%である。