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和服と漢服の対決?漢民族ナショナリズムの台頭を考える―中国

2013年04月17日

■和服と漢服の対決?漢民族ナショナリズムの台頭を考える―中国■
 


■和服と漢服の対決?

レコードチャイナに「日中合同成人式、「着物の方が断然キレイ」と不満の声が殺到―中国版ツイッター」という不思議な記事が載っている。上海市で日中合同成人式なるものが開催されたというのだが、写真を見た中国ネット民の多くが「中国人が着ている漢服よりも日本人が着ている和服のほうがよっぽどきれい」と書き込んだのだという。

漢服って言うほどダメだっけ、と気になって調べてみた。元になっている記事はどうやら共同通信のもののようだ(日本語記事中国語記事)。で、掲載されている写真を見ると、なるほど、惨敗と言われているのもよくわかる。なんというか、安物の浴衣というか、ドンキホーテで売っているような安物感100%の漢服なのだ。一方、日本人女子は一生に一度の晴れ舞台だけにお高そうな和服を着込んでいる。対決もなにも値段が違いすぎて相手にならない印象だ。

レコードチャイナの記事は共同通信微博のコメント欄を拾ったものではないかと思われるが、参加者を名乗る人物が「漢服はただで貸してもらえたが、和服の貸出は500元(約7500円)。それで中国人参加者は漢服を選んでいた」と書き込んでいる。


■漢服復興運動と漢民族ナショナリズムの台頭

20130416_写真_中国_
*気合いの入った漢服はかわいい。欲を言えばワイヤーアクションで空を飛んでもらいたい。

漢服についてはウィキペディアに結構気合いが入った解説が載っているのでそちらを見ていただきたいが、ざっくり言ってしまうと清朝に禁止されるまで漢民族が着ていた礼服である。清朝崩壊後も漢服文化は復活することはなかった。中国のトラディショナル・ファッションとして世界に認知されるようになった唐装も満州族の衣装を元にしている。

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20130416_写真_中国_4
*2001年、上海市で開催されたAPEC。参加した各国指導者に唐装が着せられた。

APECで唐装を着た江沢民はご満悦。しかし中国国内からは「偽唐装」だとの批判も寄せられた。本物の唐装は漢服であるべきで、征服王朝たる清朝のファッションを元にしたデザインではダメだという論調である。このAPECの影響も大きかったのか、21世紀に入り、中国では漢服復興運動がじわじわと広がっている。漢服を着て孔子廟で父母に感謝するイベントなども珍しくなくなった。

この背景には漢民族ナショナリズムの台頭もある。いわゆる「伝統」というのはたいていどこの国でも近世、つまり近代の前の時代をイメージしている。日本ならば江戸時代、中国ならば清朝となるわけだが、問題はその清朝が満州人の国、征服王朝だという点にある。

漢民族も満州族もチベット族もすべての人々はひっくるめて一つの中華民族であるというのが中国政府の理屈なので本当は困らないはずなのだが、「ファッキン中華民族。俺たちには俺たちの文化がある」と少数民族の人が考えているのと同じように、漢民族にもそうした動きが広がりつつある。


■日本の呉服屋さんで漢服は作れないだろうか?

さて、日本の和服だが唐代に中国から伝わった服が発展したものと言われている。すでに日本的魔改造が施されており、漢服とはだいぶ異なるものとなっているが(そもそも漢服自体も唐代以後に変化している)、それでも和服に「古き良き中国は東洋の島国にその姿を留めていたのだ」的な郷愁を感じる中国人も少なくないようだ。

ネットショップをぱらぱらと見てみたが、唐装についてはちゃんとしたメーカーがある一方で、まともな漢服を作っているところはまだまだ少ない。ドンキホーテで売っていそうなてらてらのコスプレ風のものが中心だ。日中合同成人式の漢服もその手の安物だろう。

今後、漢民族ナショナリズムの台頭が続くのだとすると、日本の呉服屋さんもそれにつけこんで商売する余地が残っているのではなかろうか。和服と漢服ではデザインも好まれる布もまったく異なるが、「唐朝以来断絶することなく技を受け継いできた日本ブランド」というのは売りになるような気もするが……。

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 コメント一覧 (13)

    • 1.  
    • 2013年04月18日 13:54
    • 仕立てはなんとかなると思うけど生地や染付けとかは着物のものでいいのか
      プリント柄でいいならむずかしくないかもね
      そもそもどういう時に着てるんだ漢服
      コスプレイベントでキャッキャしてる程度ならてらてらの域を出ないと思う
    • 2. 2
    • 2013年04月18日 14:38
    • 私の見る所、漢服の社会的立ち位置は国内少数民族や日韓の民族衣装の社会的立ち位置をモデルにしている。(それしか知らないんだろう)

      だからコスプレで終わるつもりはなくて、最終的には公的儀礼(卒業式、公的会議や式典など)や私的儀礼(結婚式や成人式とか)を狙っている。
    • 3. ahaha-man
    • 2013年04月18日 17:02
    • 広がりつつというか、fqの最盛期、05、06年頃が漢服ブーム(?)の絶頂期じゃないの?
    • 4. アジア市民
    • 2013年04月19日 01:11
    • 中国なら金持ちを購買対象にした高級民族衣装専門店でも売れそうな気がするんだけどなあ
    • 5. 名無し
    • 2013年04月23日 21:09
    • 中国から伝わったとは言っても、模様なんかは日本の季節に合わせた日本固有のデザインだよ
    • 6. Chinanews
    • 2013年04月24日 01:02
    • >1
      礼服として広めたい、という運動が続いていて、一応、結婚式用の服として売っているお店もあります。なんかB級ドラマの衣装みたいですが。

      >2さん
      そのとおりですね。>儀礼

      >3:ahaha-manさん
      漢服ブームの絶頂期って私には分からないのですが、孔子関連のイベントやら、今回の成人式やら、漢服を着るイベントは増えている印象です

      >4:アジア市民さん
      良いもの、価値があるものという印象さえ広がれば値段は問題にならないかもしれませんね。

      >5さん
      確かに漢服と和服の間には大きな違いがありますし、生地の柄の好みも違いそう。難しいことは間違いないのですが、「唐代より1000年間、断絶することなく受け継がれた唐服ブランド=日本の呉服屋」的な幻想で誰か攻めてくれないかな、と。



    • 7.  
    • 2013年10月13日 16:22
    • そもそも日本と違って伝統服を着る機会が少ないんだから対決のしようがない
    • 8. みづら
    • 2015年05月30日 23:05
    • 中国舶来のきものをやめ、
      日本人も古墳時代以前の民族衣装を復活させるべき。
    • 9. 着物は高いよね・・・
    • 2015年08月01日 18:59
    • 中国人は日本の着物の文化を尊重しているね。

      変な国粋主義者じゃない限り、日本の文化を見下しているは居ない感じがする。
    • 10. 着物は外来種、洋服は在来種
    • 2018年11月13日 23:15
    • そもそも、国風文化というのは、平安朝初期に儒教の隆盛により、周王朝の儀礼である「周礼」に従い、衣装等を北方民族の影響が強い唐様式から漢民族固有の周様式に改めたものである。
      それにより、わずかに残っていた日本民族固有の文化(アーリア系文化)は壊滅に近い状態となってしまった。
       むしろ、明治になって日本民族の分流とも考えられるアングロサクソンによりもたらされた洋服により日本民族の文化は回帰したのだ。天武朝で禁止された「はかま」と「パンツ:ズボン」は本来同じものであり、「はかま」と袴(こ)はまったくべつのものである。
      和服という言葉は明治になって発明された単語であって、江戸時代までは呉服である。
    • 11.
    • 2019年03月06日 18:42
    • ごめんなさい。細かいかも知れませんが、漢服と和服は構造や好まれた柄から見ても全くの別物ですし、唐代以来の技と言われましても……
      よく着物の別称を呉服(中国にあった呉の国の服)と言われますが、これは誤解なんです。呉服とは中国から伝わった絹の織物の総称で、転じて純絹の着物を呉服と言われるようになりました。綿製も含まれる和服と呉服はイコールではありません。
      そこから派生して、和服とは中国由来のものと誤解が広がっています。
    • 12. いずれにしても
    • 2019年06月30日 00:44
    • 「漢服」とは満州服のことですか、それとも周王朝から明王朝までの漢民族の伝統的衣装のことですか?
      なにやら、混同が起こっているような気がするのですが?
      「着物」のおりかたが帰化人により伝えられた移民族系のおりかたなのか、日本民族が鍛造技術と同じように西アジア方面から持ち込んだものかは知りませんが、歴史的にも形は明らかに漢民族由来の物であり、それまでの日本民族由来の物ではありません。歴史書にはっきり記述があります。
    • 13. きつつなれにしからころも
    • 2020年02月11日 02:19
    • 平安時代初期の「からころも」が現在の「和服」の原点であり、それ以上は国内においては遡れないということか。浴衣は完全に漢民族の下着である「浴衣襦袢」であり、中国でそのまま町をあるくと「逮捕」されるので注意。

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