■中国のファンサブ活動が直面する問題 オタ中国人の憂鬱アップデート■
■オタ中国人の憂鬱アップデート
2年ほど前にブログ「「日中文化交流」と書いてオタ活動と読む」のまとめ本「
オタ中国人の憂鬱 怒れる中国人を脱力させる日本の萌え力 オタ中国人の憂鬱」を出させていただきましたが、この2年で中国オタク事情も大きく変わり、書籍の内容も一昔前の話になってしまっています。また、いつもの中国オタクの反応という形では紹介するのが難しい話というのもたまってきていますので、「オタ中国人の憂鬱」のアップデートになるような話を書いていこうかと思います。
ありがたいことに「オタ中国人の憂鬱アップデート」で書こうと思っていた
「中国のファンサブ事情」に関して、現在ちょっとしたゴタゴタが起こっているという情報をいただいてしまいましたので、今回はその辺についてを。
■字幕組とその変化
中国に限らず、海外での日本のオタク系コンテンツの広まりには、ファンが勝手に翻訳するファンサブ翻訳が良い悪いは別として大きな影響を様々な方面に与えてきたのは間違いありません。
中でもアニメにファンサブ翻訳の字幕を付けてネットに勝手にアップしてしまうファンサブ活動の影響は非常に大きいかと思われます。中国オタク内ではそういったファンサブグループの事を「字幕組」と言われ、現在も多くの「字幕組」が活動しており、新作アニメをはじめとする様々な作品に字幕を付けたりしています。
特に新作の人気作品に関しては動きが活発で、前人気が高い作品に関しては複数の字幕組が字幕配信予告の名乗りをあげたりします。中国オタク内における作品の評価や人気を知る上では、その作品にどれだけの数の字幕組が字幕を付けたか見れば良いという話もありますね。
しかし、最近になって中国オタクを取り巻く環境も変化し、この字幕組のファンサブ活動に関しても昔と同じではいられなくなってきているようです。
最近起こった2つの事件は、まさにその変化を象徴するような事件でした。
■海賊版と正規版の衝突
その事件の1つ目は、中国の動画サイトが正規に版権を取得して配信を開始した「
リトル ウィッチ アカデミア」(リンク先はアニメミライの作品ページです)に関して、作品の関係者が別の動画サイト及び字幕組に対して違法アップロードされている動画の削除やファイルのアップロードの中止を要求したのと、その後のゴタゴタに関する件です。
この削除の要求を受けて主な動画サイトはアップされている動画を取り下げたようなのですが、オタク関係のユーザーが多いとされているコメント弾幕系動画サイト「bilibili」では検索避けを行うだけに止めていたらしく、ログインしたら見れてしまう状態のままだったようで、作品の現地関係者の方が中国のweiboにおいて証拠のキャプ画像つきでかなり本気で抗議するという流れになってしまったそうです。
(bilibiliは昔のニコニコ動画のように、基本的に他の動画サイトの動画にコメント字幕が投稿できるインターフェースをかぶせるというサイトなので、動画の削除要求と対応に関してはどうなのか判断し難い所もあるのですが)
この一連の流れは中国のファンサブ活動にいよいよ来た、「正規版、正規ルートの作品との明らかな衝突」とも受け取られているようで、ファンサブ活動をやっている人間だけでなく、ファンサブ活動による字幕付きの動画を見ている人間にとっても無視できない事件だと受け取られている模様です。
■18禁ゲームの中国化パッチで炎上
もう1つは先日アニメ化も発表された18禁PCゲーム「
大図書館の羊飼い」に関して、現地のファンサブグループが制作してネットにアップした中国語化パッチを、中国現地のゲーム雑誌がゲーム体験版や、各種版権素材と一緒に勝手に付録につけて販売してしまい、しかもそれに対して別の方向から18禁CGが含まれているということでネットを通じて通報したり、各メディアのweiboに対してつぶやくなどという動きが出て炎上状態になってしまったという件です。
このファンサブ系中国語化パッチに関しては商業利用不可とうたってはいたものの効果は無かったようです。またこの事件の火の粉が飛んできたことで、ファンサブグループ側も謝罪文をアップするなど、中国語化パッチを制作していたファンサブ界隈ではかなりドタバタしている模様です。
中国では18禁PCゲームというのはもちろん法律的にアウトですから正規では流通しておらず、基本的に違法ダウンロードでネットから入手することになります。そしてそのゲームの中国語化パッチを作るということに関しては、ポルノ関係の活動だと見なされてしまう可能性もあります。
もし18禁PCゲームのパッチ作成及び配布がポルノの頒布行為だと見なされた場合、中国では非常に厄介なことになります。下手に注目を集めて大事になってしまった場合、個人だけでなく、その活動の界隈全てに圧力や取締りが来る可能性もありますから、関係者にとっては冷や汗モノなのだそうです。
ちなみに、ファンサブグループ関係からはちょっと離れますが、中国のオタク関係の雑誌がこういった素材やコンテンツを勝手に付録にして宣伝するのは昔からわりとよくある話でして……
これも教えていただいた情報なのですが、
近々中国で発売されるオタク向け雑誌には中国本土では販売されていないはずの
「Animelo Summer Live 2012」
の動画を収録したDVDが付録についちゃっているそうで、これに対してアニサマのプロデューサーが中国のweiboで違法な商品を購入しないよう呼びかける、といった事件も起こっているそうです。
■中国人オタクの反応
これらの件に関しては中国オタクの面々もイロイロと考えてしまう所があるようで、イロイロな反応が見て取れました。とりあえず以下にその辺に関するやり取りを、例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。
いや、正論なのは分かるんだけど、なんか納得いかんのよ。今の版権取って商売やっているのって、ファンサブでファンが増えた所に入って来ているわけだし。そこで字幕組に圧力がくる今の状況にはなんかもやもやする。
でも、ゲームのパッチの無断商業利用した挙句の通報はともかく、アニメくらいは正規版が入ってきているんだからそっち見たらどうだ?見る分には無料なんだし。
企業が版権購入して、他の動画サイトに動画下げるようにいうのは正しい。そして今後もこういったことは増えるだろう。
でも怖いのはある日突然有料かそれなりのコストを払わなければならなくなることだ。今はまだ広告収入で運営しているようだけど、このモデルも既に難しいのは間違いない。
気が付いたら有料以外の選択肢が無くなっているんじゃないかって不安は常にあるね。
中国の版権無法状態にとって、こういった発展がプラスになるというのは分からなくもないんだが。
動画サイトと版権とファンサブの問題については、私も過去に利益を受けているが、今は正規版に関連した仕事をやっているので版権を理由にした要求についても理解できるから、良いのか悪いのか何とも言えないというのが正直な所だ。
ただ、有志によるゲームパッチを勝手に付録に付ける行為に関しては「恥を知れ」と言いたい。
現在のウチの国の制度では、入ってこれない作品というのが明確に存在する。
正規版が入ってくる希望が存在しないそういった作品を好きになってしまった身としては字幕組に感謝こそすれ否定はできない……
正規版を支持するのは、オタク分野を愛する人間が当然持つべき態度だというのは分かるんだけどね。
ファンサブグループはそれで儲けているわけじゃないんだから、それを目の敵にする連中には強い反感を抱いてしまうわ。そりゃサイトの広告とかでの収入はあるかもしれないが、それで食っていけるなんてことはまずないのに。
最近、ほんとゴタゴタしているよね……
無私な態度で字幕を提供してくれるファンサブグループの人達には本当に感謝している。私はファンサブも正規版も両方とも存在していたっていいんじゃないかと思う。
そりゃ商業的な海賊版は取り締まるべきだけどさ、ウチの国では海賊版のおかげで作品がこれだけ広まっているんだし、ファンサブの貢献というのも確かに存在するんだから。
でも、最近は非商業的なファンの活動と、商業的な利益目的の海賊版、違法アップロードってことの区別が難しいからね……「リトルウィッチアカデミア」の件も、少なくとも版権取得側の配信へのアクセス数に打撃はいくし、bilibiliが無許可で、しかも版権取得にかかった手間や費用なんてことなく動画をアップして人を集め、サイトを運営、しかも広告収入を得ているというのは間違いないんだし。
残念ながら、無許可な作品がネットに流れてコピーされ現在の作品にダメージを与えているという現状、これだけでファンサブが批判されるのは避けられないんじゃないかな。ネットが便利になり過ぎたのかも。
不満が無いわけじゃないけど、版権取ってる企業が他の動画サイトに削除を要求するのは当然だし責められることではない。でも雑誌の付録はファンサブ活動に乗っかって儲けて更にファンサブに打撃を与えるという展開だからムカツクわ。
この手の雑誌の付録は今に始まったことじゃないのがね。個人的には騒ぎ立てたアホに恨みの感情が集中しているわ。
通報して、下手に取締りの範囲に入ったら全オタク界炎上みたいなことになるしな。
しかし今の時代はこういったリスクは常にある。昔みたいに細々と、ファンの間だけで続けることは難しいのかなぁ……
正規版を支持すべきというのは間違いない。でも、そこからファンサブグループの否定までいくのはどうかと思う。
確かに今の状況は何とも言えない流れになって来ているが、私はファンサブグループのおかげでオタクになったし、ファンサブグループが一概に否定されるのはやりきれない。
でも金銭面で明確なものが無くとも字幕組やその関係者が動画サイト関係で、全く利益を得ていないわけではないんじゃないかな。会員向けのサービスとかあるし。
そして字幕組の作品によって利益を得ていない人間と言うのはウチの国には存在しない。みんな微妙に繋がっているから、一つを否定すればすべて解決とはいかないんだよね。
ファンサブ関係は、ウチの国のオタクにとっては切っても切れないものだから複雑だよね。海賊版を否定すればそれで全てが上手くいくってわけではない。
そして、雑誌の付録が一番アホなことやらかしているよな……この手の行為はオタク界隈全体にダメージが来る。
エロ関係での通報は特に怖い。注目を集めたらあっさり潰しに来る気もするし。
この手のデータ流している人間の間では、どうするべきか、安全にやり過ごせるのかということで混乱している人も少なくない。
権利侵害を主張する動画サイト自身、無許可の動画をアップしているくせに。商機を感じて飛び込んできただけのくせに。
ファンサブグループがどれだけ頑張ってアニメや漫画ゲームを広めたと思っているんだ。あいつらはその基礎の上で商売しているくせに。
なんでこんなことになっちゃったんだろうな……
私自身も昔はファンサブ活動に関わって字幕付けたりしていたけど、現在の状況には困惑している。しかも最近ではファンサブグループ同士のゴタゴタや、ファンサブ字幕への批判も溢れているし。平穏な二次元オタクをやっていられる時代ではなくなってきているんだろうか。
なんとも難しい時代になってきてるね。
自分がアニメにハマったスタート地点が字幕組の字幕による作品だったのは間違いないし、愛着や感謝の感情は確かにある。現在の公式配信の時代の中で、厳密に権利関係を適用したら問題だというのも理解できるが、自分の出発点を完全に否定されるのはキツイよ。
とまぁ、こんな感じで。
■字幕組の動機
どんどん変わっていく中国オタクの環境にイロイロと戸惑ったりもしているようです。
中国オタクの面々がファンサブ活動を行う理由としては「作品やジャンルへの愛」「自己アピール」「海外在住オタクとしてのある種の創作活動」「コンテンツの布教」といったものがあるようですし、しかもそれらが絡まっているので、ファンとしての愛なのか、自己アピールのためのものなのか、それとも小遣い稼ぎなのかといった辺りをハッキリさせるのは難しいようです。少なくとも金銭面で考えたら割に合わない作業なのは間違いないようですし。
問題なのはこの彼らの言う「愛」が、現在のコピーが簡単にできてしまう、非正規品が簡単迅速大量に出回ってしまう環境では作品自体や作品の制作サイドにとってあまりプラスにならない、下手すればマイナスになってしまっているということでしょうか。
また、ファンサブ活動の根本的な理由として「公式ではやってくれない」「日本の放映、配信とのタイムラグが大きすぎる」というのがあるのですが、最近は中国の動画サイトが正規に版権を取得して「人気の作品を日本とのタイムラグ無しで字幕付き動画を配信する」というのが行われるようになってきています。
■字幕組と公式配信のクオリティにも変化更にファンサブ翻訳のクオリティの優位性にも変化が起きています。以前はファンサブ翻訳は「作品への愛があり、作品を理解している人間が翻訳しているので商業的な字幕よりレベルが高い、面白い」とされてきました。
実際昔はアニメ関係について分かっている人間も少ない上にやっつけ仕事ということも珍しくなく、公式配信の翻訳レベルも低かったそうです。しかし、最近の公式配信はファンサブ字幕との差がそれほど大きくはなくなってきているのだとか。
実はここ数年で、中国では若い日本語スキル持ちの人間が増加し、それに加えてネットの進歩による、翻訳サイトなどのツールの進化や、参照できる例文用語の増加などにより翻訳力が底上げされ、更に日本の文字放送による補助もあり、ファンサブグループの字幕のレベルは昔に比べて向上しているようです。
そして、こういったツールや人材が活用できるのは公式配信側も同じですし、それに加えて公式配信側は映像データ以外にも、資料や台本などが手に入ります。またアニメや漫画を見て育った世代、「分かっている」世代が社会に出ていますから、公式側にいる人間も「オタクの知識がある」ケースも珍しくありません。
そのため、現在は字幕翻訳のクオリティにおけるファンサブと公式配信の差はそこまで絶対的ではなく、好みの差を考慮しなければ、むしろ資料や組織のバックアップのある公式配信側の方がクオリティが安定していることすらあるようです。
趣味でやっている人間が多いファンサブはどうしてもムラが出ますし、一定以上のクオリティの字幕を定期的(しかも番組データがネットに流れてから可能な限り早く)に供給するという点において公式配信側と競うのは段々と厳しくなっているそうです。
しかも大多数の人間にとって、違和感のないレベルの翻訳であれば細かい翻訳センスに関する差についてそこまで明確には感じられません。特にアニメはライトな層が大量に見ているものでもあるので、一部のマニアやじっくり何度も見る熱心なファンでもない限り、字幕の質に関しては一定以上であればOKといった所もあるのだとか。
それどころかファンサブグループの職人芸的な「翻訳の色を出す」「凝った訳にする」というのはむしろ野暮なこと、押しつけがましいと思われてしまうケースも出始めているそうです。
ここしばらくの間で、国のネット環境はまた随分と変化しましたし、正規に版権を取った日本のオタク系コンテンツの増加といった動きが出ています。そして、その変化により中国のファンサブグループの活動も、昔ほど好き勝手に出来ない、無責任ではいられなくなってきているのかもしれませんね。
とりあえず、こんな所で。例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。
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*本記事はブログ「「日中文化交流」と書いてオタ活動と読む」の2013年4月5日付記事を、許可を得て転載したものです。
ゲームの場合、高く買った上に、海外Patchが適用出来なくなる不良品になるし。