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中国国有テレビ局、中国中央電視台(CCTV)は、5月16日に「焼身ガイドブック:操られる悲劇の証拠」というタイトルの特番を放送。中国語だけでなく、英語など各国語版も制作されて放映されている。内容の多くはすでに放送されたものの再利用だが、今回の目玉はタイトルにもある「焼身ガイドブック」である。
*CCTVの特番。英語版もネットで公開されている。
■CCTVが報じない「焼身ガイドブック」の真実
CCTVいうところの「焼身ガイドブック」とは、元チベット亡命議会議員ラモ・キャプのブログ・エントリー(チベット語)だ。だがこの記事は焼身事件が数的にはピークを終えた今年2月末に公開されたもの。「ガイドブック」が書かれる前に大多数の焼身事件が起きていることになる。なお記事の冒頭には「もう100人以上も焼身した。もう十分である。もう止めるべきである」と書かれている。CCTVは冒頭の文言もとりあげていなければ、記事が公開された時期にも触れていない。
この記事は「焼身はもう止めるべきだ」と書かれた後、「もしも、まだ焼身を続けるというのであれば、命が無駄にならないためにも計画的にやるべきだ」として、「焼身の思想的統一。時期や場所。叫ぶべきスローガン。記録すべき事等」についてアドバイスしている。
公開後、この記事は亡命側のチベット人たちから激しいバッシングを受けた。ラモ・キャプは謝罪と共に数週間後にはこの記事を削除している。しかし中国当局はこれを見逃さず、3月1日時点でラモ・キャプのブログはダライ一味が焼身を煽動している証拠だとの記事を発表した。ラモ・キャプはフランスに住む1人の亡命チベット人でしかなく、元亡命議会の議員ではあるが、ブログ上に発表された意見は彼の個人的見解である。これを「ダライ一味」と呼ぶのはお門違いだ。
■謎の証言者
ラモ・キャプの記事が公開された後、チベットでは8人が焼身しているが、CCTVの番組はこの8人についてまったく触れていない。唯一、紹介されているのが3月13日、カンゼ州セルタ県の事例である。ペマ・ギェルと呼ばれる23歳のチベット人が焼身を行おうとしたが、「直前に警官が察知し中止させた」というのだが、そのベマ・ギェルは番組に登場し、ガイドブックに従って焼身しようとしていたと証言している。ベマ・ギェルの証言シーンは番組内で何度も登場するが、他のチベット人とは異なり、彼だけは顔にモザイクが入れられ、声も変えられている。
一般に焼身未遂があった場合でも、その情報は亡命側に伝えられることが多い。ところがベマ・ギェルのケースは全く伝えられていない。本当に彼は焼身を行おうとした人物なのだろうか、非常に疑わしいと思われる。「ガイドブックに従った焼身」というストーリーのために、作り上げられた存在ではないだろうか。
お話であると見なす方が自然であろう。一旦は焼身を決意した者が、すんなりと「ガイドブックに従い焼身しようとした」なんていうであろうか?第一、発表後間もなく削除された外国のブログが内地で簡単に閲覧できたとは思われない。
■チベット人作家の指摘
チベット人作家ツェリン・ウーセル氏も、この番組の問題点について以下のように発言している(翻訳:雲南太郎)。
チベット人の焼身をつじつまが合うように説明するため、中国中央テレビ(CCTV)はこれまでに5本の官製プロパガンダ番組を苦心して制作した。放送日時は2012年5月7日(41分)、2012年12月23日(31分)、2013年2月4日(24分)、2013年2月28日(約20分)、2013年5月16日(26分)だ。合計で2時間以上になる。
最新の官製プロパガンダ番組は16日、CCTV4の番組「今日の注目」で放送された。ネットで繰り返し見て気付いたことがある。
(1)CCTVによると、四川省カンゼ州セルタ県で今年3月、チベット人の焼身未遂事件があったという。洛若郷の26歳の住民、ペマ・ギェルが県城(セルタ)で焼身しようとして警察に見つかり、遺書とビラが没収された。この事件はこれまでに明らかになっていなかった。
(2)CCTVは最初のチベット人焼身事件を再び振り返っている。つまり、2009年2月27日にンガバ県城で焼身した僧侶、タベーのことだ。しかし、今回放送された番組は過去数本のプロパガンダ番組とは少し異なっていた。映像では、タベーが警備車両に近づいた時に突然大きな煙が上がり、後ろには銃器を持った警官が映っていた。このことから、タベーは焼身中に確かに撃たれたのだと分かる。
(3)焼身したタベーについて、CCTVは「治療中」と説明する。タベーは2009年2月27日に焼身して負傷し、もう4年もたっている。まだ故郷や僧院には戻っておらず、誰も彼の状況を知らない。タベーは果たして「治療中」なのか?それとも当局に拘束される事情があるのか?ひどければ、この世から蒸発したのではないか?
(4)CCTVはンガバの別の僧侶、ロブサン・クンチョクが2011年9月26日に焼身した写真について、2011年3月16日のプンツォの焼身写真だと説明した。これはなぜなのか?CCTVは同じテーマのプロパガンダ番組を続けて5本作っているが、なぜこうした取り違いが出てくるのか?これはわざとなのか?
(5)2012年1月6日に焼身したツルティムは翌日になって死亡した。だが、CCTVが流したツルティムの話し声や受け答えの録音ははっきりしていた。死に臨んだ人間にこれが可能だろうか!?2、3ページの供述調書を今回は出さなかったのは良かった。ツルティムがテンニ(ツルティムと同時に焼身し、その場で死亡)と一緒に窃盗、強盗、買春していたと「供述」したという調書だ。
(6)CCTVは「焼身未遂者のペマ・ギェル」の映像と音声に「技術的な処理」を施している(しかし、不思議なことに、ほかの「焼身未遂者」の映像と音声には「技術的な処理」はない)。そして、今年2月13日にネパールで焼身して犠牲になったドゥプツェについて、ペマ・ギェルに「戒律に背いて飲酒、喫煙し、物を盗んでいた」と暴露させた。やはり汚名を着せるという手段だ。
(7)CCTVは2012年12月3日に青海省ゴロク・チベット族自治州ペマ県で焼身した僧侶、ロプサン・ゲンドゥンの写真を同年11月27日に四川省ンガバ・チベット族自治州ゾゲ県キャンツァ郷で焼身したケルサン・キャプだと説明した(CCTVはケルサン・キャプの中国語表記を「格桑傑」ではなく、「尕譲下」としていた)。なぜ取り違えるのか?わざとだろうか?
(8)CCTVによると、2012年11月27日に焼身したケルサン・キャプは友人に遺書を書いてもらった。そして、おじで僧侶の尼也沢譲が在インドの僧侶、次中江措と遺書を改ざんしたという。問題なのは、この2ページの遺書が明らかに同じ便せんに書かれ、CCTVが1ページ目だけを訳して2ページ目を訳していないことだ。訳した部分は以前に公表されていた遺書の前半と基本的には同じ(「600元を返済していない」という部分を除く)なのに、どうして改ざんと言えるのか?
CCTVの最新プロパガンダ番組では、ほかにもでっち上げや中身のすり替え、他人を利用して相手を倒すといった三十六計が多く使われているが、細かくは指摘しない。昨年5月に最初の番組が放送された後、安替がツイッター上で論評した言葉はやはりとても適切だ。「音声を消したら、すぐに反政府ニュース番組に変わると思う。両刃の剣のプロパガンダ番組をつくった目的が何なのか分からない」(映されているシーンはチベットの悲惨な現状を描き出しているという意)