■故郷の豊かな里山が使えない段々畑に作り替えられていた件について=18億ムー耕地レッドラインと都市用地増減リンク制度―中国■
老虎嘴梯田 / hammercem
■豊かな里山が使えない段々畑に変わっていたでござる
南方週末ウェブ版の2013年6月6日付記事「低産出林改造政策の変形=浙江省永嘉県:1万ムーの“耕地”が山を登る」が大変私好みの内容だ。
浙江省温州市永嘉県のお話なのだが、ある村人が「故郷の村にあった豊かな里山が軒並み伐採され、人里離れすぎて効率が悪すぎる上に、10月には雪で使えなくなるような、誰にも不要な段々畑に変わっていたでござる」と嘆いている。
彼の村だけではなく、永嘉県各地で同様の里山伐採段々畑造成が行われているほか、遠く離れた雲南省、湖北省でもこうした事態があるもようだ。
■18億ムー耕地レッドライン
大躍進の時代にも山々を禿げ山と化して段々畑を作りまくる運動が展開されていた。当時が「無理とわかっていてもそれでも農作物を植えるふり」という健気な努力だとしたら、21世紀の今は「農作物ができるかどうかは知らないが、とりあえず帳簿上で畑ができればいいねん」という、もうちょっとドライな動機から生まれている。
日本の「食料自給率が下がったらちょっと心配だよね」ぐらいの生ぬるい食料安全保障とは異なり、中国は「13億人の食料が不足したら売ってくれるところなくね?」という切実な問題に根を発した食料安全保障論を展開している。そこで絶対防衛線とされているのが「18億ムー耕地ヘッドライン」だ。
街をどんなに作ろうとも、高速道路を作ろうとも、ゴルフ場を作ろうとも、18億ムー(1億2000万ヘクタール、東京ドーム2550万個分)の耕地は絶対に確保しましょうねという大原則である。
どこの地方自治体も経済成長のため、箱物をばんばん作りたいのだが、一定規模以上の開発には中央政府の認可が必要な上に耕地の量の増減も厳しく管理されている……ことになっている。
■段々畑という裏技
ただし「城郷用地増減掛鈎」(都市用地増減リンク)という裏技がある。これはつまり「新たに耕地を開拓したならば、その分だけ都市開発してもいいよ」というもの。少しでも多く開発したい地方政府はかくして、
・平屋住まいの農民をアパートに済ませて、その分の宅地を農地にしてみた(関連記事)。
・一人一つずつの土まんじゅうのお墓をぶっ潰して共通墓地に入れてみた(関連記事)。
・谷を埋め立てたら農地になるよね(中国経済週刊)。
といった策略を繰り広げるようになった。
里山の伐採もこうした策略の一つ。ただし中国では林も保護するべき対象で、「退耕還林」(耕地を林に戻す)政策というのもあるほど。林をむやみに伐採するのはアウトだ。そこで悪用されているのが「低産用材料林改造技術規定」(低産出の木材用林の改造技術規定)だという。木材供給林として使えない林のてこ入れについて定めた規定だ。
ただしこれだと“豊かな里山”を伐採することは不可能。そこでまずある程度木を切り倒し、ぼろぼろの林にした後で写真を撮って、「使えない林でございます」と報告するのだとか。これにて「どのような手段を使っても、用材林の正常な産出量を回復できない場合」であると強弁、段々畑に作り替えるという。
■地票制度とその矛盾習近平の「中国の夢」とか「新型大国関係」とか、「なんだかよくわからないがともかくすごそうな話」についてあーだこーだ言う記事が目につくが、中国にとって重要な課題はそんな抽象的なネタではない。
最重要課題の一つは、「都市化の進展」「都市・農村戸籍二元体制の解消」「農民を本当の意味で都市に追い出す」といった一連の問題であり、「誰も使う気にならない段々畑を作ってみた」というギャグのような話は中国の未来に結びついている。
「うちの里山が気づいたら段々畑になっていたんだが……」とか、「なんか農村のど真ん中にアパート作ってそこに無理やり住まされたんだが、うちの畑まで遠くなって辛い」という農民残酷話。この場合、開発に伴う利益は政府の懐にごっそりという図式だが、これをマーケットを通じて農民に利益を配分しようというのが地票制度だ。
本サイトでも記事「
文革的赤い重慶の“新自由主義的”政策、ポスト薄の重慶と「地票制度」の実験(kaikaji)」「
農民が平屋からアパートに引っ越すと都市の開発が進むという“不思議“=新農村建設と重慶地票制度について(岡本)」で紹介している。
この地票制度は「段々畑を作ったりして無理やり耕地を作り出す」ところまでは一緒なのだが、そうやって作られた「新たに開拓した耕地分、都市開発していいよ権」を市場を通じて販売するというところがミソ。その販売益は手数料などをひいた上で農民に支給される。
良く出来た制度なのだが、問題は「無理やり作った段々畑の耕地は、都市近郊のステキな農地と同じ価値なのか?」という点にある。極言すれば18億ムー耕地レッドラインは守られたとしても、そのすべてが使えない畑になっているという笑えない話になっても不思議ではない。中国でも面積単位で守るべき耕地を規定するのには無理があるのではないか、といった議論もでている。農地の生産量(米100キロ作れる農地を開拓すれば、米100キロ分の田を潰しても良い)とかにすればスマートなのだが、今度は耕地の生産量を正確に測定できるのか、といった問題が浮上してくる。
■金鰤好みの話終わりに代えて、なんでこの手の話が私好みの話なのかという点について、簡単にご説明したい。
「上に政策あれば下に対策あり」という言葉が大好きなのである。
18億ムー耕地レッドラインであれ、あるいは都市開発用地リンク制度であれ、地票制度であれ、こうなったらいいなという政策者の意図はよく分かるのだが、その裏道をつこうとするアニマル・スピリットにあふれまくった中国人の活躍で、まったく異なる様相を見せてしまうというのが大好きなのである。
地票制度の開発権の売買など大変にオシャレである。ただそのオシャレな制度を機能させるためには、細々とした穴をふさがねばならないし、そもそも開発権を面積で量ることが正しいのかといった根本的な疑念まで突きつけられて……といった混乱が面白い。
制度作りに頭を悩ませる中国のテクノクラートの皆様には大変申し訳ないが、“上”と”下”の知恵比べを今後も興味津々で見ていきたい。
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