中国、新興国の「今」をお伝えする海外ニュース&コラム。
2013年06月17日
先日、中国の動画配信サイト業界で、愛奇芸とPPSの合併という大きな動きがあったことをお伝えした(関連記事)。優酷網を抜き利用者数で業界トップとなる大型合併となったが、話題という意味では今回ご紹介する楽視網が圧倒している。
無名だった楽視網は独自戦略で大きく成長。ハードウェア分野に進出し、60インチで11万円という激安スマートテレビを販売するほか、グループ企業の楽視影業は中国ナンバーワン映画監督のチャン・イーモウ氏を専属監督として迎えている。
■楽視網の版権抱え込み
楽視網が人々の目にとまるようになったのはここ数年のことだ。2010年に中国動画配信サイトとしては初めてとなる中国市場上場を果たす。業界トップ・優酷のナスダック上場より早いIPO成功は話題となった。
プレイヤーが多い中国動画配信サイト業界の中でも、楽視網の戦略はきわめて独特なものだった。他サイトが海賊版動画を流し続けている最中、こつこつと中国映画、中国ドラマのネット放映権を買い集めていたのだった。知的所有権保護の意識が高まり、他サイトも版権購入の必要に迫られるようになったが、その時にはすでに楽視網の版権保有量は圧倒的な数に達していた。現在、映画5000本超、ドラマ9万話超の版権を抑え、他サイトにネット放映権を販売する問屋的ビジネスも展開している。
2011年には人気ドラマ「甄嬛伝」(邦題は宮廷の諍い女。2013年6月18日よりBSフジで放送)が記録的なヒットを飛ばしたが、このネット放映権を持っていたのも楽視網。ネット視聴数も記録的なものとなり、楽視網の存在をしらしめるものとなった。
■IT企業が家電製造、映画制作に進出
動画配信業界で確固たる地位を築いた楽視網が次に狙ったのはテレビ。2013年6月19日、同社ブランドのスマートテレビを発売する。60インチで6999元(約11万円)、40インチで1999元(約3万3000円)という圧倒的なコストパフォーマンスを誇っている。
(関連記事:山谷剛史『60型が11万円!? 中国で始まる超激安テレビ競争』)
IT企業がハードウェア、しかも家電分野に進出するのは前代未聞だが、それだけではない。楽視影業という映画会社も設立し、映画制作分野にも進出している。人気小説家・郭敬明が初監督を務めた「小時代」も話題となったが、5月の発表会ではさらなる爆弾が投下された。中国ナンバーワン映画監督のチャン・イーモウ氏が楽視影業と専属契約を結ぶことが発表された。
大手映画制作会社もチャン・イーモウ氏との契約を狙うなか、IT企業の楽視はチャン・イーモウ氏に2億元(約32億円)の契約料のほかに株主として迎える好条件を提示。また映画制作には一切口出ししないという条件で契約を勝ち取ったという。
チャン・イーモウ氏の新作映画は映画館での上映と同時に楽視網でも有料公開されるものとみられ、同社の版権戦略はますます強固なものになるだろう。
■楽視網の“いやな話”
と、ここまでは楽視網の“いい話”をお伝えしてきたが、一方で同社に対する不信も相当なものがある。
2012年4月には証券網が「楽視網幻像」との記事を掲載。広告収入、有料ユーザー数、そして楽視網の核心的資産である版権保有数が水増しされているのではないかとの記事を掲載し、話題となった。前述の「映画5000本超、ドラマ9万話超」という数字は楽視網が独自に発表したものだが、リスト化されているわけではなく、その真偽に疑問を呈する声も上がっている。また積極経営を続ける同社は2012年に資金難に陥り、一部の版権を売却したと認めているが、その詳細も明らかになっていない。
また同社が持つ“異常なまでの政治力”も疑惑の的。まだ無名の時代から動画配信許可証の取得など政府の許認可では大手サイトを上回る圧倒的な強さを見せているほか、テレビへの配信権獲得にあたっては中国中央電視台(CCTV)のネット配信子会社・CNTVと提携することに成功している。「元老級の誰かの後ろ盾があるはず」などとまで噂されている。
細かい話だが、今回のスマートテレビでもミソがついている。当初、スマートテレビは「シャープとの共同開発」と歌われていたが、後にシャープはこれを否定。楽視網も「シャープの液晶パネルを使った」だけと訂正している。
もう一つ、付け加えるならば、中国のドラマ、映画に関しては積極的に版権を取得している一方で、海賊版も堂々と大量に配信しているのがなんともアレである。
■楽視網はテレビを変えることができるのか?
とまあ、いろいろと疑惑をささやかれているのだが、これもまた「出る杭は打たれる」かもしれない。「版権の大量獲得と他サイトへの転売」という独自戦略とたいていの認可はどうにかなる政治力をひっさげているばかりか、テレビ製造、映画制作とチャン・イーモウ監督との専属契約という博打を続ける楽視網は、間違いなく中国の動画配信業界、IT業界にとっては台風の目的存在であることは間違いない。
同社が満を持して放つスマートテレビ、超級電視(スーパーテレビ)は中国スマートテレビ業界の今後を占う上でも興味深い存在となっている。
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