■「影の銀行」「中国経済の危機」とはなにか?■
日本メディアを眺めていると、「シャドーバンキングで中国バブル崩壊か!」的な見だしをあちらこちらで見かける。中国経済は明日にも崩壊しそうな盛り上がりである。記事「中国で短期金利が異常急騰、それでも中国政府が動かない理由とは」で取り上げた6月20日の上海インターバンク市場の金利急騰を引き金に、中国経済に対する懸念が高まったことに由来する。もっとも上海インターバンク市場の金利はその後急落し、3%代前半という平常値に復帰している。

中国経済の変調を受け、日本でにわかに脚光を浴びたのが「シャドーバンキング」(影の銀行)だ。山のような関連記事が発表されているが、その中には豪快すぎるミスリードが存在することも少なくない。
そんな記事もあるのならば、ごく初歩の初歩の「影の銀行」解説にもまだ需要はあるのではないかとの狙いから本記事を書いてみた。
■「影の銀行」ってなに?
まずはミスリードしている日本ウェブメディアの記事をご紹介。
中国にはびこる「影の銀行」の正体 地域崩壊の恐れが独裁体制を揺さぶる(ダイヤモンド・オンライン、2013年7月4日)
「影の銀行」とは、政府が認可した銀行ではなく、地域の有力者がカネを出し合ってつくった金融機関のことである。中央銀行である人民銀行の管理の外にありながら、暮らしに寄り添った「闇の銀行」だ。
影の銀行=地域の有力者が金を出し合って作った金融機関だった?中国バブルは、いよいよ崩壊するのかシャドーバンキング問題の深刻度は?日本への影響は?(東洋経済オンライン、2013年7月11日)
かつての日本にもあった無尽講、頼母子講のようなものでしょ。中国の四大国有商業銀行、つまり中国銀行、中国工商銀行、中国建設銀行、中国農業銀行に属していない銀行あるいは金融機関というのが皆、「シャドーバンキング」というくくりでまとめられている。
影の銀行=頼母子講(参加者がお金を出し合い、その総額を順番に受け取っていく。先に受け取るものは利子を払う)だった?中国「影の銀行」って何?/木暮太一のやさしい経済ニュース解説(THE PAGE、2013年6月25日
たとえばA社が融資を受けたくて、正規の銀行に「お金を貸して」と申込みます。しかし、事業の採算性などを考慮した結果「貸せない」と判断されます。
ここでA社は、シャドーバンクのB社に融資を申し込みに行きます。B社は、高金利でA社にお金を貸します。
日本でも、事業用の資金を銀行に断られた企業が、消費者金融や闇金融からお金を借りることがあります。それと一緒です。
影の銀行は闇金だった?頑張って影の銀行についてウェブで調べ、上記3本の記事を読むとますます頭が混乱するという罠。
■「影の銀行」って言葉を使うよりも「オフバランス取引」と言うほうが問題を理解しやすいでは「影の銀行」とは何なのか。経済学者・梶谷懐氏による、
週刊東洋経済6月29日号のコラム「中国動態:注目度増す「影の銀行」 金融危機の震源となるか」が簡潔でわかりやすい内容だ。この記事を下敷きに「影の銀行」についてのポイントを書くと以下のようになるだろうか。
・影の銀行とは、従来型の銀行とは違い当局の規制を受けない金融仲介形態全般ぐらいの意味。
・「仲介形態」なので、「影の銀行のB社です!」的な会社があるわけではない。銀行や証券会社などがやっている業務が影の銀行。
・「影の銀行」は中国特有の存在ではない。サブプライムローンの際には米国の「シャドーバンキング」がレバレッジを拡大させたとして注目されている。
・影の銀行には2種類に大別できる。
・1つは銀行のオフバランス取引(貸借対照表(バランスシート)上に計上されない取引。コトバンク)。委託融資(ある企業が別の企業、プロジェクトに融資するのを金融機関が仲介する)、信託融資(ある企業、プロジェクト向けの融資を信託商品として一般向けに販売)の2種類がある。
・もう一つは「民間金融」。頼母子講、闇金、企業家同士の個人的な貸し借り、質屋などが含まれる。
・規模でいうと圧倒的にオフバランス取引が多い。上記引用は民間金融(のごく一部)を「これが影の銀行だ!」と紹介しているが問題となっているのはオフバランス取引なのでミスリード。
今、問題となっているのは基本的にオフバランス取引。「影の銀行」とか書くと、なにやら大変ななにかが起きているようでわくわくするうえに、「中国版サブプライムローンやで!」と盛り上げるのにも便利なので、みなみなが使っているわけだが、このワクワクする言葉がミスリードを生んでいるのではないか。
中国の経済メディア・財新のコラム「
影の銀行を悪魔化することなかれ」(2013年4月22日)は影の銀行は「シャドーバンキングという言葉そのものに、主観的な偏見が含まれている」と嘆いているのがちょっと面白い。「影の銀行」という語感のおどろおどろしさがミスリードを生んでいるのは中国も一緒というわけだ。
■影の銀行が急拡大した理由=金融のゆがみそもそもなぜ影の銀行は急拡大したのか?その根本にあるのは中国の金融のゆがみである。
一般市民からすれば銀行に預けてもたいして利息がつかず物価上昇率を考えればマイナス。だったら投資商品(理財商品)を買って「保値」(資産価値を守る)したい。
銀行から6%前後で資金を調達できる優良企業(その多くが国有企業)は、自分の事業にその金を注ぎ込むよりも、金利10%当たり前!の影の銀行を通じて運用したほうが儲かってしまう。
銀行からの安い融資が得られないが資金は必要な企業、プロジェクトは影の銀行を使うしかない。
という構図である。むしろ中国金融市場のゆがみを補っているのだから、影の銀行はそれなりの役割を担っているという声も少なくない。上述財新記事は「影の銀行は金融イノベーション」と評価している。
上述梶谷懐記事も同様。「
中国版影の銀行は米国のようにデリバティブを駆使してレバレッジを効かせたものではなく、中堅の銀行が規制を迂回して利益を得る手段として用いているもの。適切な管理さえ行えればそれほどのリスク要因ではない」(
梶ピエールの備忘録。、2013年6月23日)と分析している。
■中国経済危機の正しい楽しみ方「影の銀行」についてはいわゆる7月危機、償還期が集中している今夏に債務不履行が続出するのではないかという点が中心的に取り扱われている。これはひとえに銀行、ひいては政府が借り換えをどこまで許すかにかかっており、中国当局の凡ミスがなければ乗り切れる可能性が高そうだ。
むしろ「中国経済の危機の正しい楽しみ方」は別のところにある。ポイントは「地方政府の過剰債務」と「行くべき場所に金が回らないがゆえの成長鈍化」という中長期的な課題だ。
前者の中国の地方政府は土地融資プラットフォーム(第三セクターの会社。収用した土地を担保に資金を借り入れ)に財政を依存しているが、中央政府はこの動きを警戒して銀行からの融資を規制。ならばと地方政府は影の銀行を経由して金を借りるようになった。これが持続可能なものか、破綻する地方政府が出てこないかというのが問題となる。
後者の問題だが、政治力のある政府関連の会社や国有企業ばかりに金が回り、本来ならばもっと金が回ってしかるべき(=成長力のある)民間企業に金が回っていないことに由来する。言うならば政治力の多寡で資金調達ができるかどうかが決まってしまう状態であり、非効率な金融が成長鈍化につながる可能性が懸念されている。
これらの問題はなにも習近平・李克強体制になって初めて認識されたわけではない。胡錦濤・温家宝体制下でも課題であったが、土地融資プラットフォームへの銀行融資規制や地方政府によるプロジェクト認可の厳格化という「指導」などにとどまり、金利の自由化や金融ツールの多元化という本丸に手を付けるものではなかった。
習近平・李克強体制はこの本丸に切り込むのではないかとの期待が高まっているが、6月の金利急騰しかり、その移行リスクは軽視できるものではない。また現制度で利益を得ている既得権益グループの抵抗も強く、果たして実現可能なのかという疑問もある。
なのでまとめとしては、
「影の銀行で債務不履行続出は間近。7月危機や!中国経済は明日にも崩壊やで!」と短期的にワクテカするよりも、「李克強さんは本丸に手を付けるのかしら。手を付けてもやり通せるのかしら。改革するとしてもその間の移行リスクをコントロールできるのかしら」と、ちょっと長い目でハラハラするのが正しい楽しみ方
であるとお伝えしたい。
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