中国、新興国の「今」をお伝えする海外ニュース&コラム。
2013年07月16日
植草信和、坂口英明、玉腰辰巳編著『証言 日中映画興亡史』蒼蒼社、2013年。
坂口英明さんよりご恵投いただきました。章立てについては東方書店東京店フェースブックページをご覧ください。
■第1章は中国映画史を概観
第1章の「中国映画の歴史と日本人」は中国映画の大枠を解説する内容。「証言1 中国映画の歩み 佐藤忠男」で19世紀末から20世紀末にわたる中国映画史を解説。「証言2 二十一世紀の中国映画界 坂口英明」では過去十数年の中国映画界の驚異的な発展を解説したもの。「証言3 中国映画の中の日本人 門間貴志」では中国映画における日本人イメージを概観している。
個人的に興味深かったのは証言2だ。映画の中身だけではなく、社会経済的時代状況を踏まえての解説は勉強となった。この論考では、ここ十数年の中国映画の発展の歴史を「1997~2002年」「2002年~2009年」「2010年~現在」の3期に分けている。第一の時期では中国初のお正月映画の登場とタイタニックの爆発的なヒットがエンターテイメント映画の礎を築く。またWTO加盟に伴い民間資本による映画撮影の解禁、8系列の「院線」(映画館を保有する会社)に分けて競わせる改革が実施され、外圧による改革と映画産業の市場経済化が整備されたという。
第二の時期では映画『グリーンディスティニー』のヒットと、その手法を中国に持ち込んでやはりヒットさせた映画『HERO』が口火となって、張芸謀、陳凱歌、馮小剛の大物監督が主導する大型エンタメ映画全盛期となる。そして第三の時期ではシネコンの普及とともにスクリーン数が急増、またチケット代が高額な3D映画が普及したことにより、ヒットの条件とされてきた興行収入1億元(約16億5000万円)を軽々と上回るメガヒット映画が続々と登場する時代となった。制作費、宣伝費を大量投入するブロックバスター映画だけではなく、低予算でも若人の琴線に触れるような情緒的な映画からもヒットが生まれているのが面白い。
■第2章以降は日中映画界の現場に携わった7人のインタビュー
第2章以降は「徳間康快の功績」「「第五世代」の衝撃」「日中合作秘話」と並ぶ。中国で爆発的なヒットを飛ばした「君よ憤怒の河を渉れ」の佐藤純彌監督、中国映画の字幕翻訳家として活躍する水野衛子氏、「始皇帝暗殺」「墨攻」など日中合作映画のプロデューサーを務めた井関惺氏など、中国映画と深く関わった日本人7人のインタビューが収録されている。
理念的な話に終始することなく、ビジネスに携わっている人々のシビアな感覚やこぼれ話が面白く、するすると読めた。個人的に面白かったポイントをいくつか紹介しよう。
水野衛子(162頁)
『初恋のきた道』は日本のおじさん達をとても感動させた映画です。中国の映画人は、なぜあんな映画が日本で大ヒットしたのだと不思議がります。霍建起監督の『山の郵便配達』(2001)も同じ感想を持たれます。
多くの日本人が「中国映画」でイメージするのはこの日本です。広大な大地、けなげな男女、親子の絆……。日本人の幻想の中国です。中国人が見るととてもウソくさい。絵空事と思ってしまうんですよ。日本人ウケする映画は、歴史劇も含めて、中国の現実とのあいだにものすごくギャップがあります。
井関惺(211頁)
制作費60億円の日中合作映画『始皇帝暗殺』について。
―制作費の大半は秦王宮のセットに使われたという話もありますが。
井関:じつはそれほどでもないんですよ。
(…)陳凱歌が代案として、浙江省の新しい撮影場所をだしてきた。横店撮影所といい、バックに撮影用のパーマネントセットを作り、テーマパークにしようとした地元の不動産デベロッパーがいるという話でした。第一号が謝普『阿片戦争』で作った広州の街。その二番手として、秦王宮を建てようということでした。
外部は横店撮影所が作り、インテリアは我々が担当し、それを現地に置いていくというバーターだったので、あまり使用料はかかっていないのです。
ただ、一悶着はありました。我々は北京での撮影もあるので、ある程度は小道具などを持っていかなきゃならななかったんですが、先方はそうはさせまいと、戦争状態でしたね。