■「中国の成長率は5%代に」「リーマンショックが中国を傲慢にした」ブックレビュー「中国台頭の終焉」■
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最近話題となっているのが、中国の「影の銀行」問題。世界的な話題となっている上に「中国版サブプライムや!崩壊や!」と煽りやすいので記事にしやすいのですが、今すぐに中国経済がクラッシュする可能性が高いとみる専門家はほとんどいないのが現状でしょう。
中国経済誌を見ても「影の銀行」のクラッシュの危機よりも、中国の成長率低下、その回復のためにいかに成長セクターを伸ばすかという中長期的な課題が基調になっているように思われます。
この中国経済の中長期的な課題を知るために最良の一冊となるのが津上俊哉『中国台頭の終焉』(日経プレミアシリーズ、2013年)です。先日来の中国経済騒ぎを受けもう一度読み直したのですが、実際に執筆されたのは昨年末だったにもかかわらず、現状をずばり見通していると改めてうならされました。
■4つの指摘
本書の「はじめに」が、主張をぎゅっと凝縮したすばらしいまとめ。ここだけ立ち読みしても勉強になる、むしろ「はじめに」だけを電子書籍で売るべきと主張したいところですが、そこからこっそり紹介すると以下のとおり。
(1)中国は既に潜在成長率5%前後の「中成長モード」に入っている。
(2)短期問題(~2015年頃):リーマン・ショック後に発動された「四兆元投資」は効果も劇的だったが、後遺症も劇的だった。製造業も不動産もインフラも、何年も先までの投資需要を先食いしてしまった。おまけに投資財源の大半を有利子負債に頼った結果、これ以上高水準の投資を続ければ金融不良債権の増大を招きかねない。
(3)中期問題(~2020年頃):産業の生産性や付加価値を賃金・物価上昇率以上の高さで高めていかないと、実質成長ができない新しい段階に入っている。
(4)長期問題(2020年~):中国の2010年人口センサスは、合計特殊出生率が全国1.18、北京、上海では0.7強しかないことを明らかにし、過去の楽観的解決を根底から覆した。
おそらく専門家の方から見れば、(1)の潜在成長率5%に低下というのが一番議論があるところではないかと思うのですが、少なくとも「成長目標は8%ながら毎年二桁成長を実現!」的な展開はすでに過ぎ去ったとみる人は多いのではないでしょうか。
■中期問題現在はこの短期問題が話題になっているわけですが、本命はむしろ中期問題であるというのが本書の主張。目次を見ても3章から7章までが中期問題にあてられています。
目次第1章 中国は5年前には中成長モードに入っていた
第2章「4兆元投資」の後遺症(短期問題)
第3章 中期的な経済成長を阻むもの
第4章 新政権の課題(1)
第5章 新政権の課題(2)
第6章 民営経済の退潮
第7章 新政権の課題(3)
第8章 少子高齢化(長期問題)
第9章 中国がGDPで米国を抜く日は来ない
第10章 東アジアの不透明な将来
中期問題の解決はともかく生産性をあげることができるかにかかっているわけですが、そのための課題として「地方政府の暴走、産業政策の弊害、富が家計に移転されていない、民営経済の退潮、都市と農村の二元構造の解消」といった問題があげられています。基本的には市場と民間企業にどこまで任せられるかが課題となるわけですが、20世紀末から21世紀初頭、WTO加盟に際して一瞬そうしたムードが盛り上がった後、民間企業は「裏切られた」と著者は評しており、中国政府がこの課題にどこまで切り込めるのかも辛口な評価です。
■一投資家の体験談この中期問題ネタでなんといっても面白いのが「第6章 民営経済の退潮 一投資家の体験談」でしょう。投資ファンド屋として中国に関わっていた著者の体験談がてんこ盛りなのですが、なんとも生々しい話ばかり。著者が経営していた工業団地会社のために地場銀行から運転資金を借り入れる際のエピソードですが、
しかし、借りたはずの資金は預金したまま、これを担保に手形融資を受けるかたちでしか引き出せなかった。銀行の分行も引き締めのせいで新規融資に回す資金が足りないので、金利の二重払い(運転借り入れ+手形融資金利)に応じる客にしか融資しなかったのである。諸経費を加算すれば、16%を超える金利だったが、土地を担保にできたからまだよかった。担保のない会社は民間高利貸しから50%を超える金利で資金を借りていた。途方もない金融緩和をした翌年には苛烈な引き締め―こんな金融環境でやっていける会社がどれだけあるかと思った。
と告白。
さらには中国の過酷な税金徴収、行政費用の徴収、脱税しなければ商売できないとねじまがってしまった企業家……といったエピソードがずらりです。
長期問題については2010年の人口センサスを著者が独自に計算したところ、合計特殊出生率が1.18という驚くべき数字が浮上した、という話。日本が1.41(2012年)だったのでそれをはるかに下回る水準で、人口ボーナスによる繁栄を謳歌していた中国は、今度は人口オーナス(労働人口比率の減少)の支払いをしなければならなくなると指摘しています。
■経済本なのに“熱い”本書は中国経済を取り扱った本ながら、著者の“熱さ”も特徴。それが炸裂するのが「第10章 東アジアの不透明な将来」です。
中国は列強からいじめられてきた、今も搾取され続けているっ!という弱国心態、それが「中国は大国だ」というある種傲慢な意識に転換したのがリーマン・ショックだったというのが著者の指摘。
世界経済が低迷する中、中国はいち早く経済を立て直し、「日米欧の経済はもうだめやな。中国の時代やで」というムードが一般市民にまで広がっていった。その大国意識のあらわれが尖閣諸島や南シナ海での強権的な態度につながっているのではないか。その影響は中国にとどまるものではなく、中国は近い将来、米国経済を追い抜くという危機感が石原慎太郎都知事(当時)による尖閣買収に踏み込ませたのではないか……。
そう言われるとリーマン・ショックは罪作りすぎて何も言えないというか、サブプライムローンの責任者は日本と中国に謝罪と賠償を、と言いたくなるのですが、そんな私のような卑小な考えではなく、著者は正確な状況(=中国台頭の終焉)を直視することから、日中両国は下らぬ対峙ではなく、現実的な課題に向き合えと提言しています。
■余談「日本はもう一度、百万人以上の移民を受け入れて大混血国家になる。私はその事態を肯定するし、その時の準備をしておかなければならない」という石原慎太郎氏の発言を引用した「結び」も熱くて面白いのです。
あと「中国台頭の終焉」という、挑発的なタイトルとは裏腹に「中国経済?すぐには崩壊せんで」「労働コスト上昇で工場が東南アジアに逃げ出す?無理無理。産業チェーンがないもん」と煽りに走らず、きわめてフェアな書き方をしているところも特筆すべき点かな、と。
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去年、
日本:2.00%
アメリカ:2.21%
中国:7.8%
アジア開発銀行(ADB)の中尾武彦総裁が7/17日午後、
「中国の2013年の成長率を7.7%に」との認識を示した。