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権力を檻に入れるために、中国の処方箋は憲政かそれとも毛沢東か

2013年08月12日

■権力を檻に入れるために、中国の処方箋は憲政かそれとも毛沢東か■
 

Chang sha
Chang sha / *** Fanch The System !!! ***


■影の銀行について知れば知るほどわからなくなる疑問、「今の中国経済って何が問題なの?」

2013年6月の上海インターバンク市場の金利急騰から約1カ月半が過ぎた。日本でも当初は7月危機説も盛んに喧伝されるなど超短期的な中国の経済危機を煽る報道も少なくなかったが、現在では中国の構造的問題をじっくり解説するまっとうな報道が増えてきた印象だ。

本サイトの記事「「影の銀行」「中国経済の危機」とはなにか?」でも説明したが、影の銀行とは「銀行や証券会社がやっている業務」であり、中国の厳しい金融規制を回避して投資/融資を可能とするもの。いわば中国金融のゆがみを埋めるような形で成長してきた存在であり、「影の銀行」そのものが“悪”とは決めつけられない。

最近の日本メディアの報道を読めば、たいていこうした筋書きで書かれていると思うのだが、そうなるとわからなくなるのは「じゃあ今の中国経済って何が問題なの?」という点だ。


■中国の経済問題イコール政治問題

蛮勇をふるって断言するならば、その答えは「強すぎる権力によって非効率なプロジェクトにも金が集まってしまうこと」と言えるのではないか。

つまり、地方政府や国有企業がその権力を活用し、銀行や「影の銀行」を通じて、儲からないプロジェクトでも資金集めに成功し、ごり押ししてしまうこと。その結果、不必要な空港やら道路やら過剰な生産設備やらという不良債権がごっそり生じてしまうというわけだ。

通常の銀行融資だろうが影の銀行経由の資金集めだろうが、市場原理に乗っ取りちゃんとリスクをとって儲かる話に投資されていたならば問題はないのだから。

今、流行りの「影の銀行」にしても勢いが増したのは2010年のこと。その契機となったのは土地融資プラットフォーム(地方政府が作った三セク型企業。土地を担保に金を借りて地域開発の原資とする)に対する銀行融資の規制だった。野放図な投資を抑制しようとしたのはなにも李克強が最初ではない。土地融資プラットフォームから影の銀行へとトレンドが変わったように、中央政府と地方政府はこれまでも規制と裏道探しのいたちごっこを繰り返してきた。


■「強すぎる権力」問題を解決するために……憲政という解決策

前置きが長くなってしまったが、経済問題一つをとってみても中国の「強すぎる権力」問題は深い傷跡を残している。

ではこの問題にどう対処するべきか?ここで期待されているのが「憲政」(憲法に基づいて行われる政治)である。日本の自民党改憲草案にからんでも話題となったが、そもそも憲法とは国家運営のルールを定め、権力を縛る目的のもの。中国にも立派な憲法があるが、それが活用されていない現実を変えて、憲法に則り「強すぎる権力」を抑制したらいいのでは……というのが「憲政」論者の主張だ。

今年1月、リベラル系中国紙・南方週末の新春社説「中国の夢、憲政の夢」が当局の介入により書き換えられる騒ぎがあった。もともと掲載される予定だった社説には次のような一節があったという。

「憲政を実現することによってこそ、権力を限定し、権力を分散させ、国民は大声を出して公権力を批判することができ、各個々人は心の中の信ずるところに従って自由な生活を送ることができ、我々は自由で強大な国家を建設することができるのだ。」
(訳はイヴァン・ウィルのブログ「「南方周末」の「中国の夢、憲政の夢」の日本語訳」2013年1月9日より引用。)

憲法、憲政とかいうと、なんだか「良きこと」を説く理想主義のにおいがしてどうも……という人もいるかもしれない。しかし中国における「憲政」を求める声は「強すぎる権力問題を是正してより強き国を」「気持ち良くビジネスできる国に」といったきわめて現実的な要請ともつながっていることは見過ごすべきではない。いわゆる経済右派系が憲政支持と結びつきやすい傾向にあるのは理由があるのだ。

(さらに付言するならば、国家を憲法という枠にあてはめようとする「憲政」と、政治はたとえ法律を踏み越えたとしても民の声を最大限にくみ取るべきとする中国の「民主」とは、対立する可能性も十分に秘めている。詳細は梶谷懐「現代中国 過去と現在のあいだ:第1章:烏坎村と重慶のあいだ──公共性と一般意志をめぐる考察──(4)」を参照のこと)


■中国官制メディアによる憲政バッシング

その憲政に対して、今、中国官制メディアが猛批判を加えている。

今年5月の批判ラッシュについては記事「「共産党を信仰せよ」「中国に憲法はあるが憲政は要らない」官制メディアの怪論文ラッシュから習近平政権の性格を考える」にまとめた。

今月に入り、人民日報が5日に「『憲政』は本質的に一種の世論戦の武器である」を掲載(内容については「佐々木智弘の「中国新政治を読む」2」を参照のこと)。7日には「中国においていわゆる憲政を実施するなど、木に縁りて魚を求めるようなものだ」が掲載された。

この中国官制メディアによる憲政批判は何を意味しているのだろうか?それは「強すぎる権力おいしいので今のままでお願いします」ということではない。習近平は中国の病を癒す処方箋を「憲政」ではなく「毛沢東時代の良き共産党」に求めようとしている、というのが私の読みである。


■「権力を檻に入れる」の意味

独立行政法人経済産業研究所の関志雄コンサルティングフェローは記事「憲政を巡る大論争― 岐路に立つ政治改革 ―」で、「権力の行使への制約と監督を強化し、権力を制度という籠に閉じ込めなければならない」と発言したことを根拠として、習近平を現行憲法を前提とした憲政を目指す穏健な改革派だと分類している。

大変興味深い整理なのだが、だとすれば今の中国官制メディアによる憲政批判は習近平批判なのだろうか。そうではない。習近平体制は憲政ではなく、「毛沢東時代の古き良き共産党」という理念によって、腐敗する権力を檻に入れようとしているのではないか、というのが私の読みだ。

昨秋の就任以来、習近平は反汚職・節約・反浪費・正しき共産党といった政治キャンペーンを展開。そろそろ一段落するかと見せかけた今夏には、群衆路線という共産党ワードを冠した新たな政治キャンペーンを始めるわ、革命聖地・延安を視察するわと、以前にも増して「毛沢東モード」を強めている。


■憲政ではなく、毛沢東の力で!

こうした習近平の態度については「政権交代期に共産党の正当な後継者として自己を宣伝するための儀式」「老人たちを喜ばせるパフォーマンス、悪質なじいさん転がし」といった読みもあるが、それにしては力を入れすぎだ。

そうしたなか、強まりつつある観測が「習近平ってマジで毛沢東好きなんじゃね?」「良き共産党を復活させたら汚職とか、強すぎる権力の弊害が解決できるとか妄想いだいているんじゃね?」というもの。実現は100%不可能な話なだけに、もし本当に「良き共産党」が中国の病の処方箋になると考えているのであれば、中国は改革するために必要となる貴重な時間を失うこととなろう。

とはいえ、個人的には失敗すると分かっていても結構ぐっと来る話である。マルクスの革命論によれば、下部構造(=生産力)が高まった結果として上部構造(=政治構造)が転換する。つまり共産革命が起きるならば、それはビンボーな田舎の国、ロシアではなく英国で起きるべきものだった。

しかし旧ソ連の革命指導者たちはちょっと理論を反対にしてみるべ、上部構造を先に転換すれば下部構造(=生産力)もぐっと良い感じになるはずというステキなロジックを編み出した。その実験は見事におおごけしてしまったわけだが、なかなかに鮮烈なロジックである。

「強すぎる権力」退治の処方箋として、社会構造に手を付けるのではなく共産党員の頭の中を変えてみようという無謀なチャレンジにも、同様の驚きと興奮を覚えるのだ。


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 コメント一覧 (4)

    • 1. 名無しさん
    • 2013年08月12日 22:30
    • >処方箋
      >毛沢東時代の良き共産党
      習たん期待を裏切らないアホの子www
    • 2. ななし
    • 2013年08月13日 01:05
    • 李克強に比べて、影が薄いですよね。外交・軍事担当なんでしょうけど、国境紛争多発は軍コントロールがまだまだでしょうし。出てくる時代を間違えたのかも。
    • 3. Chinanews
    • 2013年08月13日 08:59
    • >習たん期待を裏切らないアホの子www さん
      「習近平はじじい転がしをうまくやっている、能ある鷹は爪を隠すやで」と見ている人もいるんですけど、それにしては毛沢東モードをやりすぎなんですよね。もしこれが5年、10年続いたらと思うと……。
    • 4. Chinanews
    • 2013年08月13日 09:02
    • >李克強に比べて、影が薄いですよね。 さん
      李克強とうまく棲み分けているとの見方もあるのでしょうが、それにしても……という印象。まあ大ネタの台湾問題処理(平和協定締結など)で手ぐすね引いているのかもしれません。

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