■シンガポール首相が慰安婦問題で中韓を批判?誤報の裏に見える中国マスコミの転載文化■

シンガポール外務省が環球時報の不正確な報道に抗議、環球時報が反論するという、ちょっとした騒ぎが起きていいる。日本語に翻訳された記事もあるが、リー・シェンロン首相が慰安婦問題で中韓を批判したかに読める不思議な内容。絡まり合ってわけわかめとなった騒ぎの向こう側に、中国メディアの仁義なき転載文化が見えてくる。
■火種となった記事
問題となった記事だが、新華社日本語版が翻訳しているのでご紹介。
シンガポールのリー首相が中国に警告、「尖閣を勝ち取っても、国際的地位は失う」―台湾メディア
新華社日本語版、2013年8月22日
リー首相は、中国が日本との東シナ海問題や東南アジア諸国との南シナ海問題をどう処理するかが国際社会の中国に対する見方につながると指摘。「中国が勝ち取ったとしても、国際社会における名誉や地位を失うことになる。よく考えた方がよい」と警告し、「中国は自制的な行動をとることで、他国の疑念を打ち消すべき」と呼びかけた。
問題となっている個所を原文を参照して翻訳してみると、
李顯龍指出,中國如何處理相關爭議,將影響外界對中國崛起的看法,「你可能在釣魚島或是南海得到什麼,但是你會輸掉名譽和世界上的地位,這些都要仔細考量」。
リー・シェンロン首相は指摘する。中国がいかにして関連する紛争を処理するかは、中国台頭に対する外界の見方にかかわってくる。「釣魚島や南シナ海でなにかを勝ち取るかもしれないが、しかし名誉や世界的な地位を失うことになるだろう。これらの点についてよく考えたほうがいい。」
というもの。「中国が奪おうとしとるんとちゃうんや、とられそうになっとるんや」「黙っとったら永久に失われてしまうんやで」と反論が相次いだ。
■余談:新華社日本語版のミスなお日本人的には後半の部分のほうが気になるポイントかもしれない。上述新華社日本語版の記事だと以下のとおり。
リー首相はまた、「欧州は和解したが、アジアはまだ和解していない。各国が前を向いていかなければならない」とした上で、「慰安婦問題や侵略問題を持ち出して謝罪を要求するのはその国の特権だが、いつまでも昔のことを持ち出していても、アジアにとってよいことがあるだろうか」と指摘した。
歴史問題や慰安婦問題で日本と対立する中国や韓国を批判していると読める内容だからだ。むしろ炎上するならこの部分ではないかと思ったのだが、原文を読むとその疑問は解消する。
李顯龍說,歐洲已經和解,但是亞洲還沒有,他也唿籲各國往前看,「如果你不斷舊事重提,不管是慰安婦的議題,侵略的議題,道歉與否的議題,當然這是你的特權,但是也必須思考這對你和其他亞洲國家的關係有沒有幫助」。
リー・シェンロンは次のように語っている。欧州はすでに和解した。しかしアジアはまだだ、と。リーは各国に未来を見るべきだと呼びかけている。「慰安婦問題であれ、侵略の問題であれ、謝罪したかいなかという問題であれ、古い問題を提起し続けるのはあなたの特権だ。だがそれがあなたと他のアジア諸国との関係の手助けになるかどうかを考えなければならない。」
中国や韓国を批判する一文ではなく、日本を念頭に置いた一文だったわけだ。というわけでこの部分は新華社日本語版の問題だったので、中国語圏では炎上していない。
■シンガポール外務省の反論この記事について、シンガポール外務省は文脈を無視して一部発言を切り取った不正確な報道だと批判声明を発表。東京での会議記録も開示した。ちなみにこの会議は5月23日に開催された、日本経済新聞社、日本経済研究センター主催の国際交流会議「アジアの未来」だったのだが、シンガポール外務省が正すまで中国語圏ではずっと産経新聞主催と報じられていたのもご愛敬だ。
シンガポール外務省は、「発言趣旨は中国を嫌いな国が大同団結して抵抗するというのは無意味。中国の台頭に周辺国は利益を得ている」「(上述のとおり)慰安婦問題や歴史問題にこだわる、民族主義的な安倍政権に釘を刺した」という話を強調している。その流れのなかで中国のふるまいにもちょびっと注文をつけただけだという主張だ。
■転載、転載、また転載さて、面白いのがシンガポール外務省が環球時報を名指しで批判していた件。だが環球時報は「確かに掲載したけど、うちが書いた記事じゃないし、文句つけるところが違う」とがっぷり反論している(
環球時報)。確かにネタ元を追っていくと、この記事の転載、転載、また転載の流れがすごいのである。
5月24日:台湾・中央通訊社がシンガポール紙をもとに報道。
↓
8月21日:香港紙・大公報が一部文字を手直ししたぐらいで丸パクリ。「中央通訊社の報道によると」と説明しているものの、オリジナル記事の風体で出している。
↓
8月21日:環球網が大公報の転載記事として掲載。
↓
その後、数多の中国メディアが転載へ。出所を大公報としているところもあれば、人民網や環球網を出所としているメディアも。上記新華社日本語版も大公報が出所とはわからなくなっている。
■転載しただけだから責任はない?環球時報曰く、
環球時報編集部の理解によると、環球時報は中国語版、英語版ともにリー・シェンロン首相の発言に関する記事を掲載していない。シンガポール側が指摘しているのは環球網(環球時報が運営するニュースサイト)が21日に掲載したものだが、その記事の全文は大公報の転載であり、大公報が出所だと明記してある。環球時報編集部は23日、シンガポール外務省及び在中国大使館に話し合いを申し入れたが、24日時点で返答は得られていない。
環球時報の公式微博は23日夜、環球網が公式微博を通じて発表した声明を転載。同時にシンガポール外務省が名指しで不正確だと指摘した件について驚きと遺憾の意を表明した。
とのこと。転載なんだから責任はないというお話だ。これは例えば日本メディアが通信社記事を掲載するという話とはちょっと異なる。というのはメディアならば、お金を払わずに勝手に転載するのは基本的にOKという大胆なルールがまかり通っているのだ。
2011年に「虚偽ニュース報道の厳重警戒に関する若干の規定」が公布され、メディアが現地取材なしで記事を書くのはダメといった規則が導入されたのだが、転載に関しては「他メディアの記事は全文転載してもいいけど、ちゃんと出典を明記しろ。孫引きする時にオリジナルの名前を間違えたらダメ。転載する時、一部分だけ抜き出すのも厳禁」という内容で、中国メディアの転載文化にゴーサインを出す内容となっている。一応、この通達以後は「元記事のタイトルは**でした」と書かれるようになったのがちょっとした変化だが。
■そろそろ転載文化はやめたほうが……国ごとにやり方は違うのだから転載OKと決まっているならそれでいいじゃないか、と言ってしまえばそれまでなのだが、しかしこの転載文化はデマ報道が出た時にきわめてやっかいだ。
今回の件に関しても大公報、環球時報は記事を消しているが、それ以外の転載メディアは基本的に記事を消していないようだ。一度出た記事を消すことはきわめて困難だし、訂正文を載せてもそんなつまらない文章は訂正してくれないので広まることはない。一度でたデマ記事は永遠に残り続けてしまうわけだ。
またお金を払わずに転載がOKという文化はウェブメディアの生存環境を著しく困難なものとしている。ほとんどの読者はオリジナルの記事を読むことなく、ポータルサイトや地元メディア、ネット掲示板の転載で読んでいるからだ。
といったことを考えると、この転載OKというルールはそろそろ改めたほうがいいのではないかとも思うのだが、そんなことをしてしまうと、ごまんとある中国の零細メディアが滅んでしまうというところがネックとなっていそうだ。
関連記事:
「官僚の適度な汚職は許すべき」?!環球時報の大胆すぎる社説が話題に―中国「ネット情報の垂れ流し禁止」「問題起こした記者は追放」メディア検閲の新規定を公開―中国「もめていたら農民が突然倒れて死にました」と政府発表、遺族は殴り殺されたと主張=毎度おなじみの城管&図頼事件―中国【洛陽性奴隷事件】政府職員の犯罪は「国家機密」なのか?スクープの記者を市政府が脅迫―河南省<中国ジャスミン革命>警察が外国人記者を暴行・拘束=外交部記者会見は大荒れに―中国コラム