■事実ではないつぶやきを500回RTされると懲役3年、中国の新たな司法解釈■
■はじめに
事実と異なる噂をマイクロブログに書き込んだ場合、5000回以上閲覧されたり500回以上リツイートされると懲役3年の懲役刑。
9日に最高人民法院、最高人民検察院が発表した司法解釈が波紋を呼んでいる。中国のネットでは言論の自由に反するではないかと批判する声が上がっているし、日本人から見てもなにやら不思議な司法解釈に見える。意図的なデマではなくとも事実と異なる噂をツイッターなどに書き込んだ人はごまんといるだろう(私だってそうだ)。虚構新聞に釣られた人など一発である。
ただ注意すべきはこの司法解釈によって何かが始まるというわけではない。むしろ現在行われているネット取り締まりを追認、整理するための通達でしかない。また「500回リツイートで懲役3年」という不思議な解釈は、中国の現行司法制度からみればそう珍しいものではない。
形式そのものはたいして珍しくもない今回の司法解釈だが、内容には大いに問題がある。それはあまりにも便利な内容という点だ。ソーシャルメディアを熱心に使っているユーザーならば誰もがひっかかって不思議ではない、その中身にこそ注目するべきだろう。
■「重大な行為」という名のハードル
今回発表された司法解釈は「最高人民法院、最高人民検察院による情報ネットワークを利用した誹謗などの刑事案件への法律的に関する若干の問題の解釈」というもの。全10カ条からなるが、うち1~4条は刑法246条が定める誹謗罪に関する条項だ。
まずは刑法第246条をご紹介。
刑法第246条
暴力やその他の方法で公然と他者を侮辱し、あるいは事実を捏造して他者を誹謗した時、その行為が重大な場合には3年以下の懲役、拘留、管制、または政治権利剥奪を科す。
前項の罪は親告罪とするが、社会秩序、国家利益に深刻な危害を与える場合は除く。
註:管制とは。一定期間(3か月以上2年以下),一定の自由(表現活動や移動・面会など)を制限して,公安機関の監督下で社会生活を送らせる中国独特の刑罰.日本の保護観察に近い.軽微な反革命犯の取り締まりに用いられた.(小学館中日辞典)
ちょっと面白いのが「行為が重大な場合」には刑事罰が明記されているのだが、重大ではない場合に関しては処罰がないのである。ジャブは打ち放題ということだろうか。実は中国の法律ではこういう書き方は一般的であり、問題はどういう条件を満たすと「行為が重大」になるか、という点にある。
例えば記事「
ネット掲示板にBL小説アップで腐女子逮捕=「わいせつ物伝播罪」ってなに?―中国」で扱った「わいせつ物伝播罪」の場合、2万回閲覧されると「行為が重大」というハードルにひっかかる。エロ・ボーイズラブ小説の作家の場合、2万回読まれない人気のない人はセーフ、人気作家はアウトとなってしまうわけだ。
今回発表された司法解釈はネットでの誹謗罪に関する「重大な行為」のハードルを定めた内容となっている。
■誰にでも誹謗罪が適用される可能性があるでは上述刑法246条の適用条件を定めた、司法解釈の第1条から第4条はどのようになっているのか?これがきわめてゆるい内容で、熱心なソーシャルメディアユーザーならば誰がひっかかっても不思議ではない内容となっている。
第一条:以下の場合には刑法第246条第1項が規定する「事実を捏造し他者を誹謗した」ものと認定する。
(1)他者の名誉を損なう事実を捏造し、情報ネットワークで散布した場合。または組織的や人に命じて情報をネットワークに散布した場合。
(2)情報ネットワークにおいて、他者の発したオリジナルな情報を改ざんして他者の名誉を損なう事実に改変した場合。または組織的や人に命じてその情報をネットワークに散布した場合。
捏造が他者の名誉を損なうと明らかに知りながら情報をネットワークに散布した時、その行為が重大な場合には「事実を捏造し他者を誹謗した」ものと見なす。
第二条:情報ネットワークを利用して他者を誹謗した場合、下記の条件に該当する場合には刑法第246条第1項の規定する「行為が重大な場合」と認定する。
(1)同一の誹謗情報のアクセス数、閲覧数が5000回を超えた場合、あるいは転載された回数が500回を超えた場合。
(2)被害者、あるいはその親族の精神失調、自傷行為、自殺などの深刻な結果をもたらした場合。
(3)過去2年間に誹謗が原因で行政罰を受けた、あるいは他者を誹謗した経歴がある場合。
(4)その他重大とみなされる場合。
第三条:情報ネットワークを利用して他者を誹謗し、下記の条件に該当する場合、刑法第246条第2項の規定する「社会秩序と国家利益に深刻な危害を与えた場合」と認定する。
(1)群衆的事件(暴動、デモ、ストライキなど集団によって引き起こされた事件)を誘発した場合。
(2)公共の秩序の混乱を引き起こした場合。
(3)民族、宗教の衝突を誘発した場合。
(4)多くの人々を誹謗し社会に劣悪な影響をもたらした場合。
(5)国家のイメージを損ない、国家利益に重大な危害を加えた場合。
(6)国際影響に劣悪な影響を与えた場合。
(7)その他社会秩序と国家利益に深刻な危害を与えた場合。
第四条:過去1年間に複数回にわたり情報ネットワークを利用して他者を誹謗する行為を行い、かつ処罰されていない場合について。誹謗情報の実際のアクセス数、閲覧数、転載数が(前条項の)犯罪構成要件を満たした場合、法に基づいて処罰する。
何気に凶悪なのが第4条だ。過去1年間の誹謗書き込みのアクセス数、閲覧数を合計して5000回、転載数500回を超えた場合にはアウトという“合わせ技1本”的な内容で、たいしてフォロワーがいない人でも、毎日せっせと皮肉を書き込んでいると、あっという間にハードルを超えそうだ。
またエロは2万回閲覧でアウトなのに、誹謗罪は5000回でアウトという数量の違いについても気になるところ。中国共産党はエロに甘いのだろうか。
■その他条文第5条以降についても簡単に抑えておこう。
第5条は刑法293条尋衅滋事罪に関するもの。尋衅滋事罪は訳が難しいのだが、私は一応、「挑発騒動罪」と訳語を当てている。「人を殴ったり、侮辱したり、物を奪ったり壊したり、
あるいは公共の場所でもめ事を起こしたり公共空間の秩序を乱したり」という場合に対する刑法だが、最近ではもっぽら公共秩序を乱した罪で人を捕まえるのに便利な法律となっている。政府に批判的な人物をつかまえる時、重大な場合は国家転覆扇動罪、それほどでもない場合には尋衅滋事罪が使われることが多い印象だ。
第5条では故意に虚偽の情報を捏造し公共の秩序を乱した場合には尋衅滋事罪を適用すると規定している。
第6条は刑法274条の恐喝罪に関するもの。ネットでの書き込み、あるいは書き込みの削除をネタとして恐喝した場合には刑法274条を適用すると明記した。
第7条は刑法225条の違法経営罪に関するもの。いわゆるネット宣伝会社をターゲットにした条項で、虚偽情報の散布や書き込みの削除などを請け負う会社に対し、「個人の場合だと売り上げ5万元以上、または利益2万元以上」で刑事罰を科す、「企業の場合だと売り上げ15万元以上、あるいは利益5万元以上」で刑事罰を科すと明示化した。
第8条は上述の行為に資金や場所、技術などの支援をした場合には共犯とみなすという条項。
第9条は上述の行為をやった場合で、他の法律にも抵触した場合はより重い刑事罰を採用するという条項。
第10条は司法解釈に使われた単語の定義。
■習近平、ネット占領の道というわけでここまでいささかマニアックに司法解釈を読んできたわけだが、これは何を意味するのだろうか?
実は最近、明るみに出てきたことだが、今春以来、中国はネット管理を強化し、とりわけデマや当局に不都合な情報を流したユーザーの取り締まりを徹底している。福島香織氏の記事「
中国の大がかりな「デマ退治」」(日経ビジネスオンライン、2013年9月11日)が有名ユーザーの取り締まりを報じているが、それ以外にも各地方は競って無名のネットユーザーの“デマ”摘発を続けているようだ。
ウェイボーやネット掲示板というオープンな情報の場だけではなく、クローズドなSNSであるWechatでも逮捕者が出た事例まで報告されている。
習近平は就任以来、反汚職、反浪費といった政治キャンペーンに取り組み、共産党の正統性回復に努めているが、ここにきてネットに対する管理を強化している。8月に行われた全国宣伝思想工作会議では、「新興の世論陣地(=ネット)を占領せよ」という檄も飛ばしている(
SMCP)。
“イデオロギーの男”という評価が固まりつつある習近平、そのネット取り締まり政策全体の見取り図についてはまた稿を改めてご紹介したい。
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