中国、新興国の「今」をお伝えする海外ニュース&コラム。
2013年10月08日
China - Internet Cafe (网吧) / eviltomthai
ネット検閲大国・中国。
政府の意に沿わぬ書き込みを消したり、あるいは政府に都合のいいようにネットの議論を誘導するようサクラの書き込みをしたり、あるいは政府を批判する発言を続けるネットユーザーをディスったり……。
検閲関連のお仕事はごまんとあるわけだが、いったいどれほどの人々がこの業界で働いているのだろうか。謎に包まれたこの問いに突然、約200万人という回答が登場。話題となっている。日本語メディアでもITProがBBC記事の紹介という形でこの話を紹介している。
ただ私の見るところ、この200万人という数字は実態とはかけ離れた、“盛られた数字”である可能性が高い。検閲関連ビジネスという巨大マーケットの存在を喧伝する裏側には、人民日報の関連部局が「資格ビジネス」で小銭を儲けようとする姿が見え隠れする。
■ネット世論分析師資格の誕生
この話の発端となったのは新京報の記事「ネット世論分析師:仕事は書き込みの削除ではない」(2013年10月3日)だ。その内容をざっくり説明すると以下のとおり。
中国人的資源社会保障部と人民網世論観測室が「ネット世論分析師」という資格の講座を始める。共産党宣伝部局職員、ポータルサイトや企業の社員の取得を念頭に置いた資格で、10月14日から18日にかけて最初の講座が開催される。世論分析と判断手法、世論危機処理と対応など8項目36回の授業を受け、筆記試験とコンピューター操作の実技試験を経て資格授与という運びとなる(新京報、9月6日)。
また記事には現在、ネット世論監視の実務についている人物のエピソードも紹介されている。いわゆるネット検閲というと、書き込みの削除が話題になることが多いが、ネット世論分析師の仕事はそうではない。もともとネット宣伝企業は有料の書き込み削除業務を提供してきたが、いくら消しても再び書き込まれたり転載されたりと効果が薄いこと、政府が違法行為と認定したことで、ビジネスとしての削除業務は難しくなりつつあるという。
ネット世論分析師の仕事として紹介されているのはネット情報の監視とその対策だ。
唐小涛さんはあるネット世論監視企業に就職したばかりの新人。企業は政府部局や企業の依頼を受け、専門のソフトウェアを使ってネット情報を監視している。日々レポートを作成するほか、一部のキーワードの出現数急増を察知してネット炎上事件をいち早く察知することも仕事となる。外部のネット監視企業に依頼するケースもあれば、政府機関や企業がネット監視ソフトを導入して自前で監視しているケースもある。また毎日手作業で検索するという地道な作業でネット監視をしているケースもある。
何杉さんという天津市のネット世論分析師は2011年の失敗を嘆いている。福島原発事故後、食塩を大量に摂取すればガンを防げるというデマが広がり、中国各地で塩の買い占め騒ぎが起きた。デマの広がりを未然に察知し、公的機関が否定しておけば騒ぎが起きなかったのではないかと後悔している。ネット炎上事件に対する正しい対処は素早い反応、そしてトカゲのしっぽ切り的な高速謝罪だという話が紹介されている。
■ネット監視費用は年8兆円に?!
記事の本筋は上述のとおりなのだが、人々の目を引いたのは本筋とはまったく別の部分である。
「ネットユーザーの視点と態度を収集し、整理してレポートを作り、決定者に提出する。これが“ネット世論分析師”だ。現在、中国全土でおおよそ200万人がこの仕事についている」という一文がそれだ。
ソースについては一切言及されておらずさらりと数字だけ出されているわけだが、皆々が一斉に食いつき話題の時事ニュースとなった。
米国に亡命した中国人ジャーナリスト、何清漣氏はこの記事を元に年間のネット検閲費用が5000億元(約8兆円)に達していると推定している。中国広播網からネット世論分析師の月給を平均1万元(約16万円)と推定。それが200万人で2400億元(約3兆8400億円)。監視ソフトの購入費用や情報提供者への報酬を加えれば5000億元に達するという計算だ。
これは中国国防費のおよそ3分の2に相当する金額。なんら価値を生み出さない検閲にこれほどの税金を突っ込むとは何事か、と何氏は怒りを見せている。
■人々の全力の誤読で別のニュースに
というわけで中国の識者やネットユーザーを怒らせたり、世界のメディアに報じられている「200万人ニュース」だが、注意すべきは記事には「ネット検閲業界で200万人を雇用」ではなく、「ネット世論分析師は約200万人いる」と書かれている点である。
そもそも人々はネット世論分析師を勝手に検閲関連と積極的に誤読しているが、もともとの記事を読めば政府部局や企業向けにネット監視レポートを出したり、あるいは自社に関するネット情報を収集する人をネット世論分析師と位置づけられていることがわかる。検閲とは別のお話なのだ。
200万人という数字のソースについてはまったく触れられていないが、記事の性格を考えると、ネット世論分析師という資格がいかに将来性のあるものかを喧伝するために資格認定団体側が盛った数字の可能性が高いのではないか。
■中国版ジョブカード、国家職業資格
このニュース、本来のキモは「ネット世論分析師」という資格が国家職業資格に認められたという点にある。
中国には「職業資格証明制度」というものがある(参考記事)。これは英国の全国職業資格(NVQ)に範をとったもので(参考記事)、考えられるかぎりすべての職種(現在は1800を超える職種が登録されている)にレベル1~5の資格を認定するという制度である。
労働者の技能を「見える化」し、就職の際に必要な技術レベルを持っているかを知るわかりやすい目安とすること、異なる職種でも(例えば「溶接工レベル3」と「ピアノ調律師レベル3」)技能レベルを比較しやすくなるといった効果が期待されている。
導入は1994年と古く、すでに20年近い歴史を持つ。だが驚くべきことにまったくといっていいほど機能していないのだ。同じくNVPに範を取った日本版ジョブカードがまったく普及していないのとこの点では似ている。溶接工など資格取得が義務化されている一部職種を除けば、職業資格を取得している人はいない。企業側も採用にあたってまったく考慮していないのが現状だ。
■資格ビジネスに冷ややかな中国人
中国人は資格ビジネスに対する目が冷ややか。学卒・院卒などの学歴、そしてTOEFLやTOEIC、日本語検定などの外国語資格には高い需要があるが、その他の資格にはほとんど一般的な需要がない。趣味の検定が巨大ビジネスになっている日本とは真反対だ。
もちろん中国にも研修ビジネスはあり、例えばマイクロソフト・オフィスの講座や企業会計業務向けの講座などは相当数開かれているし、企業が社員向け研修を外注するといった事例も多いが、受講しても資格を取得しようという話にはなかなかならないようだ。
実際の技能は欲しいが、キャリアに直結しない証明書は要らないという発想だ。そこいらでいくらでも偽造証明書が買える国だからだろうか。
■それでも資格ビジネスを頑張る人々
不思議なのだが一般的な需要はないのに、資格ビジネスを展開しようとする団体は後を絶たない。どう見ても儲かるようには思えないのだが、一部では資格取得を義務づけるよう圧力をかけてビジネスにつなげようとするケースもあるようだ。その業界の主管団体、資格認定、研修を一つの組織が引き受けているわけで、小細工を弄する余地はあるのだろう。
それぞれの職業資格ごとに技能の認定を担当する団体が存在するのだが、その団体が短期研修やオンライントレーニングを提供しているケースが多い。しかも研修に参加すると本番の試験で30点加点とかいったわけの分からないボーナスがついている場合まである。
ネット世論分析師は人民網世論観測室が関連団体となる。人民網世論観測室は中国共産党機関紙・人民日報を発行している人民日報社の一部局だが、「今週の炎上事件」といったネット世論情報レポートを高値でお役人たちに売りつけている商業組織でもある。同社の新たな小銭稼ぎビジネスがネット世論分析師の認定という資格ビジネスというわけだ。
もちろんこのできたてほやほやの資格を取得しても就職やキャリアアップの役にはたたないので、付き合いで取得する人か、物好き以外は受験しないのではないか。商売として回りそうには思えないが、将来的に「IT企業は少なくとも1人以上のネット世論分析師を雇うこと」という通達でも出せればいいという発想なのだろうか。
関連記事:
チベット・ウイグルのネット世論を観測せよ=ITで進化する中国の監視社会
ネット世論観測産業の勃興=民の声に怯える政府が大口顧客―中国
書籍からテレビ、携帯まで、チベット関連のすべての情報を検閲するチョモランマ・プロジェクト(tonbani)
<中国ジャスミン革命>たった一つのつぶやきが中国政府を驚かせた=不思議な「革命」の姿を追う
毎日エロ画像を吐くまで見続けるだけの簡単なお仕事です?!人力ネット検閲スタッフ大募集―中国
2万人が机を並べてネットを監視?!笑えない中国ネット検閲事情―ブログ「走れ!プロジェクトマネージャー!」をご紹介