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Entrance to Badshahi mosque / Shaun D Metcalfe
40年以上前の戦争犯罪。その亡霊がバングラデシュ情勢を揺るがしている。
2013年12月12日夜、アブドゥル・カデル・モッラ(Abdul Quader Molla)死刑囚(65)が絞首刑に処された。現地語ではKoshai(屠殺人)Mollaとあだ名される男だ。1971年、パキスタンからの独立戦争の最中、ダッカ市内で大量殺人および集団レイプを行ったとされている。
だが、この裁判はたんに戦争犯罪者が裁かされたという話では終わらない。明らかな政治的意図のもとに行われていると非難されているのだ。
■ナショナリズム高揚と選挙対策としての戦争犯罪裁判
政権与党アワミリーグは2009年選挙のマニフェストで、独立戦争当時の戦争犯罪人の裁判をやると公約していた。アワミリーグは独立戦争を率いたシェイク・ムジブが立ち上げた政党だ。その支持者の多くに独立戦争当時の志願兵たちがいる。戦争犯罪人裁判は独立戦争の記憶をよみがえらせ、党内の結束を高め、支持を集めるために有効なツールだ。
ちなみにモッラの処刑から4日後の12月16日は独立戦争の戦勝記念日である。記念日を前に戦争犯罪人を屠り、ナショナリズムを高揚させ、目前に控えた選挙に向けて結束を高めたい。そんな意志が感じられる。
また、2013年に死刑判決がでて、その年のうちに死刑執行まで行われたのも裁判手続的には異例である。だが、司法の独立性がうまく機能していないバングラデシュでは次の総選挙で政権与党が敗北すれば、判決そのものが覆される恐れも十分にある。次の選挙までに少なくとも一人は死刑を執行しておかなければメンツが立たないのだ。
■野党幹部を狙い撃ちに
モッラ氏の所属する政党、ジャマティ・イスラム(イスラム協会)はイスラム原理主義政党だ。バングラデシュ全土にあるモスクの宗教指導者達に強い影響力を持つ。バングラデシュ国内にはマドラサというイスラム教の宗教学校があるが、そのマドラサにも強い影響力を持ち、農村地方の優秀な学生に奨学金を拠出して大学に通わせるなどの公共活動も行っているほか、現政権下でも数名の国会議員を輩出している。
ジャマティ・イスラムは独立戦争当時、イスラムによる国家建設をとなえるパキスタン側についていたため、バングラデシュの独立運動参加者にさまざまな妨害行為を加えていた。その中には殺人や強姦などの重大犯罪も含まれていたとされている。
独立戦争後、一時は非合法政党にされていたこともありながら、根強い人気を誇り、少数政党ながら選挙に強い。過去にアワミリーグとも、BNPとも組んだことがある。特に2001年の総選挙以降はBNPと連立政権を組んでいたため、2009年選挙からはアワミの政敵としてみなされていた。その意味では政敵を処刑したとの見方も成り立つ。
戦争犯罪者の裁判はモッラだけではない。2013年にジャマティ幹部8名、BNP幹部2名の裁判が行われ、死刑や無期懲役の判決がでている。この裁判結果は国内を非常に不安定化させるものとなった。
■政治問題、外交問題へと発展
死刑がでれば、ジャマティ・イスラムおよび野党勢力が反発してホルタル(ゼネスト)が発生する。今年だけで警察と民間人双方あわせて230名以上の死者とおびただしい負傷者を出す惨事が起きている。一方で死刑判決を出さなければ与党支持者が反発して大規模な街頭デモが起きることになる。
また40年以上も前の犯罪を裁く裁判の公正性も問題だ。アムネスティインターナショナルを初め国際機関は裁判の正統性、公正性に異論を唱えている。裁判手続きとして事件の証拠が必要であるが、物的証拠は当然なし。証人の証言をもとに事件を検証することになるが、42年前の出来事に対する証言など検証不可能だとの指摘は多い。
また、中東のイスラム諸国との交流があるジャマティの処刑にたいしてトルコをはじめ非難の声が上がっている。イスラム主義者の懲罰を進めれば、イスラム諸国との関係を悪化させるリスクを負うことにもなる。
■国民の反応
この死刑執行により、大衆の反応は
「独立戦争当時に悪をなしながら、国政を動かすポストについて財をなしていた裏切り者の処刑がやっと行われた」
「これで本当の独立ができた、ほかの裏切り者もさっさと吊るし首にすればいい」
「ジャマティ幹部の中でも、モッラは絞首刑にして欲しかった。あいつはほんとうに悪い奴だ」
「余命僅かな老人を殺すためにたくさんの若者が死んだ。」
「この政治目的の裁判のせいで国が割れてしまった」
「アワミリーグの中にも戦争犯罪人はいるのにあいつらは裁かれないのか」