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新疆ウイグル自治区を歩く=漢化と抑圧の間で(1:ウルムチ篇)(迷路人)

2014年03月14日

■漢化と抑圧の間で ウイグル・レポート2014 (1 ウルムチ編)■


2014年3月1日夜、昆明駅で29人が死亡する無差別殺傷テロが発生。中国当局の発表で、「犯人」がウイグル人とされたこともあり、ウイグル問題が日本でも再び注目を浴びつつある。

偶然にも3月1日から9日にかけて、私は新疆ウイグル自治区を訪れた。特にテーマを設定した取材ではなく、あくまで「話題の地」の現状を自分の目で見てみたいだけの個人旅行だったのだが、それでも様々な現実を目の当たりにすることになった。

今回の記事シリーズでは、放送時間や紙面スペース上の制約に追われがちな既存メディアの文脈では伝えきれないことも多い、現地の空気感そのものをお伝えしていきたいと思う。ちなみに現地での私は基本的には一人旅、ウルムチ市内では地元の大学に通うウイグル人の友人(漢人嫌い)に案内してもらった場所もある。

第1回は自治区首府のウルムチ市だ。

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ウルムチ市は新疆ウイグル自治区の首府。都市部人口約130万人。海抜900メートルの内陸部にあるため、滞在中の気温は-5度~-15度という恐るべき寒さ。現在は市内人口の7割が漢民族とされる。


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ウルムチ地窩堡国際空港。同じ少数民族地域でも、例えば雲南省のシーサンパンナ空港あたりだと、現地のタイ族の文化を反映してタイ寺院風の外見だったりしたが、ウルムチではそんな表面上の民族融和アピールすらしていないようだ。現在の中国の地方都市ならどこにでもある、現代型の空港である。

到着ロビーの食堂はDICOS(中国系ハンバーガーチェーン)と康師博(台湾系企業)のラーメン屋で、ムスリム向けの食堂などは無し。(※出発ロビーには一応ある)。航空機の到着を表示する電光掲示板は中国語と英語表記のみで、内部の広告なども中国語しか書かれていないことが多い。地元のウイグル人向けの配慮は、出発アナウンスがウイグル語でも放送されていることだけのように見えた。

空港を出ると、肉眼で確認できる濃度の大気汚染の靄がたちこめている。現地はこの時期、PM2.5ほかによる大気汚染指数(AQI)がしょっちゅう300~400(日本の10倍)に達する。のみならず、「地窩堡」という地名からもわかるように、空港は市内よりも250メートルほど低地にあるので、大気の靄が滞留しやすいらしい。

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上の写真はウルムチ市の漢人街。街の中心部が漢人街で、ウイグル人街は街の南端にある。東京で言えば山手線圏内がすべて漢人街で、蒲田とか京急沿線あたりにウイグル人が多く住んでいるような感じだ。

漢人街の中心部は典型的な中国の地方大都市。繁華街を外れた場所には小汚い個人商店が立ち並び、一昔前(オリンピック以前)の北京と少し似た雰囲気の街並みである。

漢人街でも行政系や交通案内系の看板にはウイグル語が申し訳程度に併記されているが、商業看板などは中国語オンリーが多い。現地において、漢人とウイグル人は同じ街でほとんど別々の生活圏・経済圏を形成しているといってよく、市の中心部で商売をする上ではウイグル人向けの商業広告は費用対効果に合わないということなのだろう。新しい漢人街では地元の共産党委員会の宣伝看板ですら中国語のみのことがある。

一方、下記はウルムチ市南部・二道橋~延安路付近のウイグル人街だ。新疆ウイグル自治区の全体に言える話だが、現地は中国当局がいう「民族が調和」した場所というより、仮面夫婦が相互のスキマ風をひとまず隠しながら家庭内別居しているような印象である。そして、ウイグル人が持つ専有面積が日々ジリジリと減らされ続けている感じだ。

漢人はウイグル人街にはあまり行きたがらず、その逆も然り。同じ市内で別の国のような風景の違いがある。

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ウイグル人街のメインが、この後の写真で紹介する国際大バザールと二道橋市場だ。国際大バザールは昔は露店で、もっと趣があったらしい。とはいえ現在でも築地市場のような活気がある。

置かれている商品は漢人街とは大きく違う。同じ少数民族地区でも、例えば吉林省の朝鮮族自治州や雲南省の少数民族(イ族やペー族など)の自治県なんかだと市場の商品は中国系で、現地の人々も比較的抵抗なく中国的経済生活の消費者に組み込まれているのだが、新疆の場合はそうではない。

大雑把に見れば中国文化圏との共通基盤がある朝鮮族やイ族と違って、新疆の少数民族(ウイグルのほかにもクルグズやカザフなど)の場合は文化圏そのものが大きく異なるので、消費生活も違ってくるのだろう。

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さらに街を歩く。ウイグル語オンリーの不動産広告や求人広告、ドバイなど中東からの輸入物産を扱う商店、レストランなんかもある。ウイグル人の間だけで別個の経済と交易圏があるようだ。

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日本でネットの情報だけを追っていると、新疆全土が内乱状態みたいなイメージだが、実際の現地ではモヒカン肩パッドの悪党漢人がバギーを乗り回しながら路上で庶民を拷問していたりするわけではない。街でおばはんが井戸端会議をしたり、就学前の児童が子どもだけで遊びまわったりする程度には「平和」もあり、個人レベルにおいてはそれなりに幸福な日常も存在している。

ウイグル人は人口1000万人もおり、当然ながら「かわいそうな人」や「貧しい人」だけではなく、肩で風を切るようなブルジョアジーや、優秀な学者さんだっている。若い学生は微信や陌陌(LINEに似た中国のアプリ)で同胞の女の子をナンパし、親に隠れて彼女と旅行に行ったり学生街で飲んだくれていたりもする。また、特権的な党員や政府関係者だけがこれを享受しているわけでもない。日本人に色々な人がいるのと同じく、ウイグル人も人それぞれだ。

もちろんウイグル問題が非常に深刻なのは紛れもない事実で、これは後の記事でじっくり紹介していく。だが、断片的な情報だけから「民族浄化の地獄」のストーリーを脳内で勝手に想像して作り上げるのも、やっぱりダメである。

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テロや騒乱は氷山の一角で、実際の抑圧はもっと静かに進行している。ウイグル人にブルジョアジーは存在するが、会社がある程度大きくなれば漢人企業との合弁や漢人従業員の雇用を迫られ、断れば当局に潰される。インテリもいるが、ウイグルの歴史を調べたり独自の情報発信をしようとすれば拘束される。スーダラ生活を送る大学生にしても、一定レベルの中国語ができなければそもそも大学生になれない。「中国」という要素を一切介在させずに、ウイグル人がウイグル人として社会的な成功を得ることはどんどん困難になりつつある。


静かな抑圧は他にも多い。それは漢人移民の増加や漢人経済の無法図な拡大だったり、インフラや教育現場におけるウイグル語の大幅な減少だったり、漢人商店のウイグル人に対する激しい雇用差別だったり、宗教文化に対する異常なまでの規制(イスラム教的世界観への配慮なき侵害)だったり、農村部を中心にしたウイグル人住民への過剰な警備体制や監視密告社会の構築だったりする。

他の地方都市と違い、ウルムチ市内(特に漢人街)ではそれほど治安関係者の姿は目立たない。ただ、ウイグル人街のバザールの近辺には、胸にアサルトライフルを抱いた迷彩服姿の武装警察の屯所があった。行きかう人々を常に監視している。

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最初にこれを見たときは驚いたが、やがて地方に出かけるとそれ以上のものを見たり体験したりすることになった。次回以降の記事で紹介することになるだろう。

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執筆者:安田峰俊(やすだみねとし)
1982年滋賀県生まれ。ノンフィクション作家。多摩大学経営情報学部講師。2008年~2012年まで「迷路人」のハンドルネームで中国のネット掲示板翻訳ブログ『大陸浪人のススメ』を運営、2010年に中国のネット事情に取材した『中国人の本音』(講談社)で書籍デビュー。ほか『独裁者の教養』(星海社新書)、『中国・電脳大国の嘘』(文藝春秋)など。近著に『和僑』(角川書店)。アマゾン著者サイト

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 コメント一覧 (1)

    • 1. pleco
    • 2014年03月15日 17:59
    • ウルムチのウイグル人文化を見るなら、「山西巷」(シャンシーガン)を見てください。
      二道橋の国際バザールの裏通りに位置していますが、道路がまだ半分未舗装でまるでカシュガルのような雰囲気になっています。
      市内南部(一隊や教育庁のあたり)の飲食店には「山西巷のあの味!」なんて広告が多くあるぐらいですから、やはりウルムチのウイグル人にとって文化・経済の中心になっていると思われます。

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