■漢化と抑圧の間で ウイグル・レポート2014 (4:ポスカム/公安拘束編)■
連載記事
カシュガルから、イェンギサール(英吉沙)県、ヤルカンド(莎車)県を経てポスカム(澤普)県へと向かう。タクラマカン砂漠の西辺を延々と車で進み続ける道だ。「砂漠」と言っても、月夜の下に黄色い砂丘が続くような一般的イメージとは異なり、小石や背の低い乾地性植物がポツポツと見られる荒野である。
こういう「草がまばらに生え,若干の動物が生息する荒れ地」のことをモンゴル語で「ゴビ」というらしい。事実、この辺りの自然はまさにゴビそのものだ。ゴビの砂は小麦粉やカタクリ粉みたいに粒子が細かく、踏みしめるごとに靴やズボンの裾にパウダーが纏わりつく。いざ砂嵐にでもなればメチャクチャ肺に悪そうである。
荒野の一本道を進んでいくと、ときおり現地のおっさんが車を停めさせて砂漠に飛び出し、トイレに駆け出す。自分もとりあえず試してみることにして、世界一雄大な立ちションをした。きっと往年の班超や玄奘も同じようにしていたに違いあるまい。
汚い話で恐縮だが、現地ではウイグル料理店でばっかり食事をしていたせいで、常に尿からヒツジの臭いが抜けない。
(↑放尿するウイグル人のおっさん)
ところが悲しむべきことに、昨今の現地社会の様子はゴビの風景よりもずっと荒涼としている。今回、私がポスカムという超マイナーな街を訪れたのにも理由がある。昨年、新疆では死傷者を伴う主要な騒乱事件が15件ほど起きたのだが、ポスカムもその舞台になっているのだ(
Uyghur Human Rights Project)。詳細を書いておこう。
“8.23”ポスカム県クイバグ鎮事件
昨年8月23日、同県クイバグ鎮にて80人の当局側治安要員によりウイグル族12人が射殺され、20人以上が負傷する事件が発生。中国当局による「爆弾などを製造していたテロリストの訓練基地」への掃討作戦とされる。目撃者が国外メディアに語った情報によれば、射殺死体を土に埋める証拠隠滅が図られたという。中国当局は同事件について、発生そのものを認めていない。
ほか、範囲をカシュガル一帯にまで広げるなら、ここ1年間で更に以下のような事件もある。やや冗長だがご覧いただきたい。
(1)2013年4月23日、マラルベシ(巴楚)県セリブヤ鎮
……「テロ事件」によって、警官・民衆合わせて21人が死亡。うち6人が民間人犠牲者。残る15人は治安担当者の殉職で、当局側の警官などだったウイグル人10人・モンゴル人2人が死亡している。鎮圧後、逮捕された「犯人」のうち2人が死刑、3人が長期の懲役。
(2)2013年5月9日、イェンギサール(英吉沙)県
……根拠不明な容疑で連行されることに反発した住民側の青年が、村の共産党委員会書記と村長を刺殺、だがやがてウイグル人の協警によって青年も撲殺された。計3人が死亡。
*協警は「警察」の名がついてはいるものの正規の公務員ではなく、契約雇用された私服の民間人だ。新疆ではウイグル人をはじめとした少数民族の若者が多くこの職に就き、同胞を監視している。
(3)2013年8月20日、カルギリク(葉城)県イルキチ郷
……当局は「テロリスト集団の事件」と主張するも根拠は不明確。海外メディアによると22人死亡4人逮捕とされ、遺体は黒い袋に入れられどこかに移送されていったという。
(4)2013年11月16日、マラルベシ(巴楚)県セリブヤ鎮
……4月の①の事件と同じ場所で「騒乱」が起き11人が死亡。当局は事件を「テロ」と断定するが根拠に疑問がもたれている。
(5)2013年12月15日、コナシェヘル(疏附)県サイバグ郷
……農村での結婚式準備の場に警官が踏み込んでトラブルが発生。女性6人を含む一族14人が射殺された(ほか、ウイグル人警官1人、漢人警官1人も死亡)。中国当局は「暴徒が爆弾を投げてきた」と発表。
(6)2013年12月30日、ヤルカンド(莎車)県
……ウイグル人による「騒乱」が発生したとされ、警官が「暴徒」8人を射殺。
余りにもキツ過ぎる現実が目立つ南疆一帯の農村部だが、私はそれゆえに現地を知ってみたく、ポスカム県をサンプルとして選んだ。結果、(目立った行動は何もしていないのに)1日に4回も現地の公安に拘束されるという、自分の中国人生でも上位に入るレアな体験をすることになった。
以下にそれぞれ説明していこう。
(ポスカムのホテル前に貼られていた指名手配書)
<拘束第1回目>バスでポスカム県に到着して近くの宿へ。
→宿のおばちゃんに公安に連れて行かれる。
→アサルトライフル抱えて腰に拳銃差したフル装備警官にパスポートの提示を促される。
→差し出すと無言でパッと取って建物の奥へ消えていき、そのまま30分待たされる。どうやらパスポートをコピーしたりどこかへ報告したりしている模様(ただし、このときは特に尋問などは無し)。
→やっと釈放。
→最初の宿に泊まってはいけない(ぶっちゃけ、新疆の地方都市では全宿泊施設の95%くらいは外国人NGである)ということになり、公安が紹介するホテルへ強制入居。
ポスカムは、道ですれ違う人の大部分がウイグル人。食堂で「箸を下さい」「これは麺ですか?」といった会話すら成立しないほど中国語が一切通じない街だが、公安に紹介されたホテルだけはバリバリの漢人系だった。2階にKTVとエロサウナを併設している(ただし現在は習近平政権の全国的な風紀取り締まり政策で閉店中)あたり、なにやら癒着の影をうかがわせるものもある。ちなみに1階ロビーには銃装備のウイグル人公安×3が常駐。
外国人を特定の宿に泊まらせるのは、言うまでもなく外部からの人間の出入りを完全に把握しておくためだろう。動向は常にお釈迦様の掌の上ということだ。
もっとも、宿で外国人と判明した途端に公安局へ突き出されるのは、十数年前までは中国全土でよくあった話であり、私自身わずか4年前でも浙江省の田舎町で同じ体験をしたことがある。「拘束」と言っても、最初のこれだけならば新疆だけに限った話でもない(警官が突撃銃を装備して臨戦態勢なのを除けば)し、田舎にありがちなユルいエピソードかもしれない。だが……。
(公安ご紹介ホテル。ポスカムでほぼ唯一の外国人宿泊可能施設と思われる。1泊180元、ロビーにwifiあり)
<拘束第2回目>ホテルにチェックイン。
→部屋でくつろいでいるとレセプションから電話呼び出し。
→降りると「こちらの女性の方がご用事です」と、私服の若い漢人の女性を紹介される。
→話があるというのでロビーのソファーに座ると、その女性が「私は公安です」と言い出す。ちなみにホテルのロビーには銃装備のガチムチ公安3人も常時駐在中(前述)。
→女性、てっきり私服だと思っていたら、パーカージャンパー1枚脱いだら公安の制服に早変わりするという特撮ファン垂涎の変身を披露。
→住所氏名年齢、日本での職業、なぜポスカムへ来たのか、そもそもなぜ新疆へ来たのか、なぜ中国語を流暢に話せるのか、今回の出入国地などをあれこれ聞かれる。
→パスポートを取り上げられ、女性公安がホテルの事務室に消えていく。
→例によって私のパスポートをコピーしたりどこかに報告したりしているらしく、20分ほど待たされる。
→やっと釈放。
尋問の際には「職業は中国語の講師でして」「中国が大好きなので、勉強して言葉を話せるようになりました」「各地をめぐりながら中国語を練習しております」と虚実入り混じった供述をしておいた。厳密な意味ではあながち間違っていないのがポイントだ。
ちなみに私は偶然、今回の出発前にパスポートを更新。以前のパスポートは、中国入国スタンプが耳なし芳一のように押されまくって増頁寸前になっていたため、仮にそれを提示していれば要らぬ詮議を招いてより面倒くさいことになったのではないかと思うが、偶然に助けられた形だ。
それにしても「ここがどういう場所なのか知っているのか」と聞くくせに、こっちが「えっ!? どういう場所なんですか」とバカの振りをして聞き返すと「別に」と言葉を濁す公安は理不尽。尋問してきた姉ちゃんが割と美人だったのが救いである。
(食事はとにかくヒツジ)
<拘束3日目>せっかく来たので地元の名所を見ようと思う。
→中国のウェブサイトで調べて、郊外のグルバグ教経堂というマドラサ(イスラム学校)に行こうとする。1785年に建てられ、カシュガル地区で最大規模のマドラサとのこと。
→ウイグル人運転手のタクシーに乗って30分。
→マドラサの近所まで走ると、車が勝手にグルバグ村の公安局に入っていく。
→例によってパスポート取り上げ、尋問(ただし今回はパスポートをすぐに返される)。
→制服姿の若いウイグル人警官と、私服で顔に物凄い傷痕がある謎の中年漢人(「工作隊」と自称)が強制的に車に乗り込んでくる。
→ウイグル人警官は割と気さくでタバコを勧めてくれたりもしたが、中年漢人はほぼ無言。身のこなしや目つきから見ても、明らかに軍人かそれに類する人間。
→マドラサ到着。現地の村長に鍵を持ってこさせて扉を開ける(通常は閉鎖されている模様)。
→私の背後に警官・工作隊・村長ほか数人が一分一秒たりとも目を離さずべったりと貼り付いて「観光」。
→ちなみにマドラサは80年代までは使われていたらしいが、現在は荒廃しており実用に耐える状態ではない。施設外にカメラを向けると激しく怒られる。
→帰りに再びグルバグ村の公安局に停車。車内には警官、車外にも警官複数が取り囲む。
→工作隊の中年漢人がひたすら携帯電話に報告メッセージを打ち込み、かなりの時間待たされる。
→やっと釈放。関係ないが下車するときにタクシーの運転手から「寄り道が多かったから」という理由で10元を余計にボられる。
グルバグ村で同行してきたウイグル人警官は背が高くて欧米人みたいな風貌、中国公安のダサい制服がびっくりするほどビシッとキマっていた。朝の髭剃りのCMに出てきそうなタイプで、正義の使者みたいな屈託のない笑顔だ。無駄に爽やかすぎる雰囲気の人だけに、本人は何の悪気もなく仕事しているんだなあと考えさせられた。
(グルバグ村のマドラサ跡。右端に同行したウイグル人警官が確認できる)
(人民公社万歳 大躍進万歳)
(内部はひどい荒廃ぶり。ただし組織的に破壊されたわけではなく、風雨の中に放置されたことによる経年劣化のようだ)
<拘束第4回目>イマ郷(マドラサとポスカム市内の途中にある村)にタクシーが差し掛かる。
→人相の悪いウイグル人に車を停められる。
→こいつが噂の「協警」(前記事参照)かなと思ったらビンゴ。再び公安局へ連行される。
→パスポートを取り上げられる。
→シェパードと漢人警官10人ほどに囲まれ、荒っぽく全身ボディチェック。
→カバンを開けられて中身を全部チェック。
→いかなる目的でマドラサに行ったのか、いかなる人間と接触したのか、どういう写真を撮ったのか、なぜその場所を知ったのか、今後の旅行日程、中国語を話せる理由などをかなり根掘り葉掘り20分ほど事情聴取。ずっと屋外にて。
→「県政府の公式ホームページに観光スポットとして載ってたhttp://www.zepu.gov.cn/Info/View.Asp?id=158 ので行きました」「現地の警官と一緒に行きました」と言っても「ああそう」と尋問継続。とにかく逆らわずに指示に従うが、同じことを何度も聞いたり口調が荒っぽかったりして非常に嫌な感じ。
→やがて完全に嫌がらせで、靖国問題や尖閣問題についてどういう思想を持ってるか云々までしつこく聴取される。
→頑張ってとんちで受け流す。
→やっと釈放。
この最後の拘束、さすがに本日のトリを務めるだけに、現地の密告者に見つかって理不尽に拘束され、警官側も潰す気マンマン、尖閣領有権や靖国問題まで持ち出していじめられるというハイパー高難度のエクストリームになった。
ちなみに尋問では、現地人に何かを渡したり受け取っていないか、イスラム教になぜ関心があるのか、といった内容を執拗に尋ねられた。宗教に対してかなりセンシティヴになっている様子だ。私の訪問先がマドラサだったことが、より面倒を引き起こしたように思える。
(カシュガル市内のモスク。「民族分裂主義」と「非法宗教活動」に反対)
そもそも昨年10月の天安門自動車炎上事件をはじめ、ウイグル人がらみの事件では、中国当局によってしばしば「東トルキスタン・イスラム会議(ETIM)」という過激派イスラム主義(いわゆる「イスラム原理主義」)団体の名前が取り沙汰されがちだ。現在のETIMに明確な活動実態があるのか、そもそも組織が存在しているのかすらも不明というにもかかわらずである。
個人的には「ウイグル民族主義の裏に過激派イスラム主義」という図式は当局によるフィクションが大いに混じっているだろうと感じているのだが、どうやら末端の公安レベルでは、この怪しい公式設定がかなり本気で信じられているようである。わかりやすく言えば、『20世紀少年』の未来世界で、下っ端警官がテロリストの「ケンジ一味」の存在をすっかり信じているのをイメージするといいかもしれない。
私はポスカムに到着した当初は、昨年8月に12人射殺事件が発生したクイバグ郷にも行こうかなと思っていたのだが、この様子では先が思いやられる。中国語が通じない現地の人から情報を得るのも困難だろう。
なにより、私と接触したことで村人が大変な目に遭わされる可能性も高そうだ。外部の人間と接触したことだけを理由に拘束や尋問を受け、それが「騒乱」の引き金になる話は新疆の田舎では日常茶飯事である。私は特定の仕事のためにポスカムに来たわけでもない以上、自分にも現地の人にもそこまで大きなリスクを負わせる必要はあるまい。
南疆の農村がどういう状況かは既に十分理解したので、ここでひとまず調査を打ち切り、部屋に帰って寝ることにした。
(ポスカム県内の商店街)
<拘束の総括>自分が日本国籍を持っており(=主要国の外国人)、しかも特定の取材目的を持たない自由旅行だったので、多少は公安に尋問されても拷問や発砲を受けることは99.9%ないと事前に予測できていた。なので私自身については、今回のわが身に起こった状況を比較的余裕を持って観察することができた(むしろ中国屋の物書きとしてはおいしい材料をゲットできたかもしれない)。ただ、これは現地のウイグル人やタジク人などは耐えられないだろうなとも感じた。
そもそもポスカム県、人口20万人のうち少数民族の割合は77%を超えており、先にも何度か書いたように現地の一般住民は中国語がまったくできない。これはヤルカンドやイェンギサール、またアクス地区やホータン地区など南疆の各地でもほぼ同様だ。
そんな人たちが、自身の文化習慣に従ってイスラム教の名所を訪れたり(冠婚葬祭を含む)宗教儀式をおこなおうとすると、同胞の協警を通じて当局に密告され、言葉がろくに通じない支配者たちからしつこい事情聴取や身元確認を何度も受けまくる羽目になる。
外国人の私に対してすら“あの”扱いだった以上、それが少数民族の農民相手となればいかなる対応がなされるのかは想像に難くない。当然、気が短いやつは尋問にブチ切れて抗議するだろうし、そうじゃなくてもオロオロして「不審」に見える言動をとる人は少なからずいるだろう。目の前に発砲可能なアサルトライフルをぶら下げられながら、理解できない言語を使って威圧的な口調で尋問されて、パニックにならない方がおかしい。
だが、新疆においてウイグル人(ほか少数民族)がそれらをやると良くて留置所、悪くて射殺というパターンになるのである。
おそらく一般に伝えられる新疆の「騒乱」は、少数民族への密告や尋問が大規模トラブルに発展したものが少なくないのではないか。結果的に射殺がなされた事件に対して「組織的テロの鎮圧」という名目が被せられているのなのではないか。また、少数民族がリアルに交番を襲撃したり反乱を起こしたりするケースにしても、こうした背景を勘案すれば(テロは容認され得ないものの)その動機には理解を示すべき要素が多分に含まれているのではないか。
中国警察のみなさんにとくとくと説明したとおり、今回の新疆行きはあくまで「旅行」だ。弾圧の恨みが暴動の背景とか、「黒幕」なんかいないとか、断言するつもりはない。ただ外国人という恵まれた立場の自分が、ほんの短期間滞在するだけで4回も拘束されるという面倒な体験をしてしまう。なにかの「組織」の手先じゃないかと根掘り葉掘り聞かれてしまう。そんな体験をすると、「騒乱」や「テロ」(とされる事件)がなぜ発生しうるのか、腑に落ちてしまったのだった。
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1982年滋賀県生まれ。ノンフィクション作家。多摩大学経営情報学部講師。2008年~2012年まで「迷路人」のハンドルネームで中国のネット掲示板翻訳ブログ『大陸浪人のススメ』を運営、2010年に中国のネット事情に取材した『中国人の本音』(講談社)で書籍デビュー。ほか『独裁者の教養』(星海社新書)、『中国・電脳大国の嘘』(文藝春秋)など。近著に『和僑』(角川書店)。
アマゾン著者サイト。
異民族支配が「正当化」されていた過去の時代と、ほとんど否定されている現代と比べると、現代の帝国主義国家である中国は損をしている気がします。