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台湾の未来は13億中国人が決める?!中国高官の失言騒動を読み解く(高口)

2014年06月16日

台湾の未来を決めるのは2300万人台湾人ではない。プラス13億人、全中国人の総意で決めるべきとの発言が波紋を呼んでいる。

「台湾の将来は全中国人が決める」に反発拡大 「全台湾人が決める」馬政権
共同・MSN、2014年6月15日

問題となっているのは、同弁公室の范麗青報道官の発言。11日の記者会見で「(台湾の)主権や領土保全の問題は台湾同胞を含む全中国人が決めるべきだ」と述べた。台湾総統府は「独立国」に言及して反論。与野党の有力者や識者からも同様の主張のほか「自国の指導者を選ぶ権利も奪われた中国人に台湾の未来は決められない」との声も上がった。


中国本土官僚の放言がひどすぎると脊髄反射したくなる内容だが、実はこれ、なかなか深い話なのである。

Taipei 101, Taiwan, 20100607
Taipei 101, Taiwan, 20100607 / daymin


■前段階の経緯


実はこの発言にいたるまでにはちょっとした前段階があった。その流れを抑えておこう。

(1)復旦大学中外現代化進程研究センターの姜義華主任の発言(上海市、2014年6月7日)

発端となったのは台湾野党・民進党の賴清徳台南市長の発言だ。上海を訪問した市長は7日、復旦大学での有識者座談会に出席した(中央通訊社)。席上、復旦大学中外現代化進程研究センターの姜義華主任は民進党の台湾独立綱領について市長に質問した。

曰く、陳水扁前総統は就任前に羅文嘉氏を中国本土に派遣。「ニクソンになる用意がある」と中台関係改善の意欲を示した。だが台湾独立綱領が障害となり関係改善は実現しなかったという。そして、当時、台湾独立綱領の撤回は困難だったが、しかしそれでも向き合わなければならない問題ではないかと続けた。


(2)台湾野党・民進党の賴清徳台南市長の発言(上海市、2014年6月7日)

これに対し、賴市長は以下のように反論している。

民進党は1999年に台湾の前途に関する決議文を採択。台湾独立綱領を民進党の主張とした。ただし独立の手続きにおいては2300万台湾人の決定を尊重すると決めた。この決議文を採択した上で陳水扁氏は総統選に勝利したのだから台湾独立は台湾社会の共通認識である。それは綱領を撤回したところで何も変わらない。


(3)

このやりとりは危険球の応酬として注目を集めた。馬英九政権の任期は2016年まで。次回総統選で民進党陣営が勝利する可能性は残されている。その場合、独立綱領が残っていれば中国はお付き合いできませんよというのが姜義華主任の発言だ。

実際、これは民進党内部でも議論となっている問題だ。中国本土に飲み込まれることを望む台湾人はいないが、かといって陳水扁時代のように台湾独立だ国民投票だと機運が高まり、台湾海峡危機が再来することを望む人もいない。選挙に勝つためには独立綱領を撤回し民進党も中国本土と実務的なやりとりができる政党だとアピールすることが必要だとの意見も多い。

ところが賴市長はそうした声を一蹴。陳水扁前総統が選挙で勝利したのだから台湾独立は共通認識と爆弾発言をした。だったらその後の馬英九総統の勝利はどうなるんでしょうかと気になるところだが、ともかく中国本土としては見逃せない発言だったわけだ。


■クリミア併合と台湾独立

このやりとりを踏まえて、冒頭の范麗青報道官の発言が登場する。舞台は6月11日の台湾事務弁公室定例記者会見。新華社記者の質問に答える形で発言された。

Q:
最近の報道によると、賴清徳台南市長が上海を訪問した際、“台湾独立”に言及しました。“台湾の未来は2300万人民の共同決定にゆだねる”と発言し台湾世論が注目しています。報道官はどのようにコメントされますか?

A:
我々の民進党に対する政策は明確かつ一貫したもの。台湾独立反対の立場は堅固なものである。繰り返し述べてきたが、以前どのような主張をしていたにせよ、現時点で両岸関係の平和的発展に賛成、支持、参加しているならば、中国本土への訪問を歓迎する。強調しておくが、本土と台湾はまだ統一していないとはいえ、中国の主権と領土は完全なもので分裂はしていない。両岸が一つの中国に属するという事実はこれまで変えられたことはない。両岸は国と国の関係ではないのだ。中国の主権と領土の一体性に関する問題は必ずや台湾同胞を含む全中国人民の共同決定にゆだねられなければならない
国務院台湾弁公室ウェブサイト、2014年6月11日

基本的には従来の方針を踏襲したもので、特にもめるべき火種はないはずだった。ただ最後の一行の表現が問題となった。この部分だけ注目されて、「台湾のことを台湾人が決められないのか!」と激しくツッコミを入れられてしまったわけだ。

賴市長の発言に対応して余計なことを言ってしまったのだろうが、あるいは時代的な背景もあるかもしれない。それはロシアによるクリミア併合だ。住民投票の結果、クリミアはウクライナからの分離を決めたわけだが、これが許されるならば台湾でも投票による「独立」が可能になる。クリミア問題は中国にとってもきわめて敏感な問題となっている。


■馬英九のタヌキコメント

この范麗青報道官の発言に台湾から激しい批判が浴びせられたわけだが、馬英九政権は“一見批判に見えるけど批判ではない”という、大変タヌキなコメントを出していて面白い。

6月11日、台湾総統府の馬瑋国報道官は以下のようにコメントした。

国家の前途と台湾の未来に関して馬英九総統の態度は一貫している。(これまでも述べてきたように)中華民国は独立した主権国家であり、台湾の前途は2300万台湾人にゆだねられ、中華民国憲法に基づいて決定される。
自由時報、2014年6月11日

ぱっと見だと中国本土に猛反論を加えているかのように見えるが、実はそうではない。国家=中華民国と台湾はそれぞれ別のものとして扱われているからだ。いわゆる「一中各表」(中台双方が「一つの中国」を堅持。ただし中国が中華人民共和国か中華民国かという解釈は中台で異なる)である。

中華民国は独立国だと主張しても、「一つの中国」が守られている限りにおいて中国本土も文句はつけない。また台湾の前途は住民が決めることができるが、あくまで中華民国憲法を守らなければならないので台湾独立は改憲しないかぎり不可能との含意だ。

台湾人の怒りに同調しているようにみせかけて、中国本土との関係を損ねる発言はないというなかなか手の込んだコメントである。


■ポスト馬英九、台湾総統に求められる能力

馬英九のタヌキっぷりは筋金入りである。たんなる親中派ではない。例えば尖閣問題。中国本土は台湾との共闘を申し入れた。もともと反日熱血青年だった馬英九だが、その誘いを拒否。東シナ海平和イニシアティブ構想を打ち出し、あくまで平和的な対話が必要との立場を訴えた。その結果、日本側が譲歩し尖閣近海での漁業権交渉で大きな利を勝ち取った。大義名分については怪しげなタヌキっぷりでごまかし、実質的な利益を確保する。その姿勢は一貫している。

確かに、タヌキは本当に有効なのか、人を化かしているつもりでも最後は中国という虎に食われてしまうだけではとの指摘も多い。ただポスト馬英九が誰になるにせよ、中国本土とのかかわりを断つことはできない。「一つの中国」という枠組を維持し、成長する中国から経済的な果実を引っ張ってくる外交は変わらないだろう。

ただそうした中でも、先日の学生による立法院選挙や今回の賴市長発言とその後の騒動のようなアクシデントは出現する。そうしたアクシデントがあっても中国本土に「今のままの対台湾政策ではあかん、強硬統一モードや!」と思わせることなく、「あかん、台湾人をなだめるためにはもっとアメ玉を投入しなければ!」とさせる外交能力が必要となる。

いやはや、台湾トップに求められる要求はきわめて高い。

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