• お問い合わせ
  • RSSを購読
  • TwitterでFollow

外国人ビジネスマンにとっては憂鬱な季節、バングラデシュのラマダン(田中)

2014年07月12日

■ラマダン(断食月)とは

2014年6月29日、バングラデシュではイスラム教の年間重要イベントの一つ、ラマダンが始まった。

ラマダンというのはヒジュラ暦(イスラム暦)の第9月の名称。この月は、イスラム教徒は新月から次の新月が見えるまでの期間断食をする事になっている。ヒジュラ暦は陰暦で、閏月による補正を行わないので毎年10日ぐらい暦が太陽暦に比べて進む。およそ33年で季節が一周する。

断食期間の決め方はとてもアナログで、月を目視して決める。新月がみえてから、次の新月が見えるまでが断食の期間なのだ。各国でイスラム教の長老たちが肉眼で新月を確認し、断食期間のタイミングが発表される。

断食といっても一ヶ月もの間ずっと飲まず喰わずではない。このひと月、日の出から日の入りまでの間、食事や水を飲むことができなくなるのである。ただし、病気や旅行中である場合、子どもや妊婦は対象外とされる。

日が出ている間だけの断食だから季節によって長さは異なる。夏ならば長く冬ならば短いわけだ。現在の断食開始は朝4時前。3時半前ぐらいから起きて食事を促す放送がモスクからかかる。アザーン(礼拝への呼びかけ)が始まるとそこから日没のアザーンまで食事はもうできない。

今年初日の断食は約15時間。かなりの長さだが、来年はもっと長くなる。ラマダン月が夏至をはさみ、最も断食時間の長い、辛いラマダンとなる。

Dhaka balcony (Bangladesh)
Dhaka balcony (Bangladesh) / Ahron de Leeuw


■断食で太る?!


日が沈んだ後から次の日の出までは飲食が可能になる。断食明けに食べる食事をイフタールという。イフタールを食べた後、夕食を食べ、睡眠をして、また夜明け前に起きて食べる。通常昼間食事をするのをすべて夜の間にやってしまわないといけないということだ。

イフタールのメニューはだいたい決まっていて、果物、デーツ(ナツメヤシの実)、ナスの天ぷら、玉葱とマメの揚げ物、ムリ(いわゆるポン菓子)、豆の炒め物、キュウリなどがセットになっている。油コッテリで胃に負担になるんじゃないのかというメニューだ。ビールのお伴に最高だが、飲酒は不埒な外国の異教徒だからできることである。

イフタールの食事は皆で集まってやるのがよしとされるため、非イスラム教徒の外国人でもそこらじゅうで招待される。

私も招待されたことがある。最初に果物やジュースを飲んで、空っぽの胃を落ち着かせてから他のものを食べるという説明をうけたが、まわりをみると胃袋を落ち着かせるような悠長なそぶりは全くなく、ひたすらむさぼるようにガツガツ食べる。一日中食事をしていなかったから無理もないのだろう。

空腹でがっつくのだから食べ過ぎになることもしばしば。しかもイフタールの後、夜10時頃にはまた夕食を食べるのだ。食べたら即座に就寝。というわけでラマダンに逆に太ってしまったという金持ちムスリムは多い。

またラマダンの飲食店もちょっと面白いことになっている。断食期間中に食事をすることはありえないというのが建て前。ただお店がちゃんと営業しているのだが、入り口や窓に布をかぶせて外からは誰がお店に入ったかわからないようにしている。

世間から隠れているだけではない。お店の人は「アッラーも見えないからダイジョウブね」などと言うが、全知全能の神アッラーもずいぶん安く見られたものだ。まあ、空腹時に人の食事姿を見るとイラっとくることは間違いない。他人様をいらいらさせないエチケットというのが現実的な解釈だろうか。


■イード商戦

ラマダンが終わるとイードと呼ばれるお休みになる。いわばお正月のようなもの。そのためラマダン期間中はお休みの準備で忙しい。断食というと空腹に耐えるためじっとしているようなイメージがあるがまったくの逆だ。

多くの使用人を抱えているような金持ちはラマダン中に使用人に服を新調させ、イードに里帰りさせるという風習がある。この風習が発展し、今ではイードの長期休暇前にボーナスがでるようになった。

ボーナスがでれば当然消費が活発になる。イードの前にはどんな貧しい人でも服を新調するから、服飾店の売上は通常月の10倍はあると言う。バングラデシュの服飾業界はラマダンを中心に年間スケジュールを決めている。

人々の移動も活発になり、首都ダッカでは断食期間中の渋滞はひどいものに。物価の急上昇も風物詩でイフタールの材料になる食品類の価格上昇が激しく、前月比何十%の上昇などというニュースが連日新聞で報道される。日本でも正月の餅を買いたいがために師走に泥棒が多いと言われているように、イード前は泥棒も増える。偽札の流通量も増えるらしい。


■外国人ビジネスマンの憂鬱

お祭り騒ぎのラマダンとイードだが、バングラデシュに仕事に来た外国人ビジネスマンにとってはあまりありがたいイベントではない。

第一の問題は断食による労働者の集中力低下。とりわけ製造業で深刻だ。空きっ腹では戦はできぬと言う言葉は正しい。しかもラマダンが明ければ今度はイードの長期休暇。里帰りした労働者は長ければ1カ月も帰ってこない。

いや1カ月後に帰ってきてくれればまだありがたい。イードのボーナスをもらって里帰りした従業員が、別の会社に転職してしまったというのもよくある話。ラインを仕切っている虎の子の若手リーダーがいつまでたっても戻ってこない。よくよく話を聞いてみると他社に引き抜かれていたなどという話はざらだ。

製造業界にとってはラマダンとイードはリスクファクター。外国からバングラデシュにオーダーをする場合にも注意が必要だ。

第二の問題点はラマダンとイードが太陽暦で見ると毎年移動しているということ。日本ではお正月は1月1日と決まっている。お正月に仕事を入れないのはもはや習慣だ。

ところがラマダンは毎年時期が違う。外国人はおろか、地元の人間でもいつ始まるのかちゃんと把握していないし、一寸先は闇の途上国社会では数カ月先を考える習慣がないからオーダーを受けたが出荷予定日はイードの真っ最中。バングラデシュの担当者が問題に気づいたのは出荷予定日の2週間前で大パニックに……などという悲劇もある。

イスラム教徒にとってラマダンとイードは一年の中で最大のイベントである。断食は飢えと渇きというある種の緊張状態を作り出す。その経験を人々が共有することで、信仰と地域社会の連携を強める効果がある。地域社会の関係がうすくなってしまった日本人からすれば、そのきずなの強さはむしろ羨ましくも見える。この時期にバングラデシュを来訪された方には一日でもいいので断食に付き合ってみることをおすすめする。たとえ一日やっただけでも非常に感謝され、友好関係を作るのに役に立つだろう。

関連記事:
マフィアの要請受け特殊警察が政治家を暗殺か、バングラデシュを騒がすナラヨンゴンジ殺人事件(田中)
試験地獄が生み出す公平な社会、バングラデシュの超学歴社会と少子化(田中)
バングラデシュ名物リキシャに驚きのイノベーション!社会の変化を象徴(田中)
暗殺された「建国の父」の意志継ぐ大政治家、ハシナ首相とバングラデシュ愛国主義(田中)
バングラデシュ情勢を揺るがす「戦争犯罪」という名の亡霊=死刑判決をめぐり衝突、200人超が死亡(田中)
ガンジーの非暴力運動が超暴力的政治活動に発展、バングラデシュ名物「ホルタル」(田中)
日本企業の凋落、インド企業の台頭、そして国産企業の胎動=バングラデシュ二輪車市場(田中)
(田中)
オッサン「寂しくないか?一緒に寝てやろうか?」、日本人がビックリするバングラデシュ人の距離感(田中)

■執筆者プロフィール:田中秀喜
1975年生まれ。メーカー勤務、青年海外協力隊、JICA専門家を経てバングラデシュでコンサル業を起業。チャイナプラスワンとして注目されながらも情報の少なさから敬遠されがちなバングラデシュの情報源となるべく奮闘中。

forrow me on twitter

トップページへ

コメント欄を開く

ページのトップへ