中国、新興国の「今」をお伝えする海外ニュース&コラム。
「ネット世論が中国を変える」と言われていたのは今は昔。習近平体制は強圧的な言論統制とネットユーザーのお株を奪うポップな世論対策で事態を一変させました。「人権派弁護士200人の逮捕、拘束」などの強硬路線と「中国共産党御用達アイドルの誕生」などの柔軟路線は表裏一体の関係にあります。本書では中国のネットで活躍し、祖国を追われた亡命中国人漫画家の辣椒(本名:王立銘)氏のイラストとインタビューを掲載。転換期の渦中にいた中心人物を水先案内人として、習近平体制と中国社会の変化を読み解きます。
1/3ほど読む。軽快な文章で読みやすい。最近の自分の取材も含めてつくづく思うのは、中国国内で習近平体制が「知らない人」や「気づかない人」にはかなり歓迎されていること。中国において「知った人」「気づいた人」になることは幸福なんだろうか。
フィクションの世界なら進撃の巨人然りマトリックス然り、「気づいた人」になることで真の人生が始まる。また、西側第三国のメディアは「気づいた人」を持ち上げ、彼らの意見を紹介して「中国始まったな」の論調を好む。でも、1割の「気づいた不幸な人」の背後には9割の「気づかない幸福な人」がいる。
ここ1年くらい、図らずも「気づいた人」に関心があり中国人の大人30人ほど話を聞いたんだけど、「気づいたが気づかないフリをした人」たちは社長だったり教授だったり敏腕編集者だったり幸福な家庭を築いていたりする一方、「気づいた人」の人生はあまりパッとしないパターンも多いのだ。
特にもとは「気づかない人」だったのに、08〜10年頃に「ネットで真実」を知っちゃった人は、ことさら人生の貧乏籤を引いてるパターンが多い。
「ネットで真実」ではなく、かつては天安門前座り込みに全日参加、いまも中国民主化の炎を胸に宿しながら一般北京市民として野の遺賢として暮らす……みたいな方は、これも立派な人生という感じがあって、貧乏籤の影はないけれど。でも、そういうのはかなりレアケースだ。
話がそれるが、なぜか知らんが「気づいた人」のなかには仕事も家庭も個人経済もメタメタに崩壊しているのに、彼女だけはいるというパターンは結構ある。ついこの前まで獄中に三年いましたとかでも。50代のオッサンでも危険な男はモテるのだ。もしかしたら人生の帳尻はそこで合っているのかもしれない。
(以下は読了後の感想)
『なぜ、習近平は激怒したのか 人気漫画家が亡命した理由』良書。中国B級ニュースから昨今の株安、汚職官僚摘発劇、長江沈没や天津大爆発が一瞬で話題にならなくなった件まで、昨今の中国の様々な不思議の背後に貫く一本の線を示すことで説明し切る快著。
また、「自由なネット空間から中国は変わる! ついにネット民が立ち上がった」→「いつの間にか当局がネット世界それ自体を完璧に支配」という、2010年代の劇的な変化と中国ネット世論の没落は、現代史上でもっと注目されていい話。この本はいわゆる中国ネット世論本の決定打になるかと 。
安田『中国・電脳大国の嘘 「ネット世論」に騙されてはいけない』や山谷剛史『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』を読んだことがある人は、手に取るとこれらの本のなかでは説明され切っていなかった部分がクリアーになって、脳みそのデフラグができるかもしれません。
個人的には、第4章の内容をもっと硬骨にまとめた一冊が読みたいなー。次回作よろ。
あえて言えば惜しむらくは、「なんとなく中国の本でも読むか」というライト層には背景がやや理解しにくそうなこと。専門知識がなくても、ツイッターで中国関連のアカをいくつかフォローしている人ならすぐ理解できるくらいの平易な書き方なのだけど、まったく知らない人にはきついかもしれない。
でも、中国本としては極めて良書です。
しかし共産党指導部というのも、株安でも腐敗でも土地移転でも環境問題でも「皇帝ならきっと何とかしてくれる」とばかりに無邪気に期待する大多数の民に応え続けなきゃならないのは苦労が多いだろうな。民主主義国のように「だって俺らを選んだのおまえらじゃん」と開き直ることができないんだから。
手前味噌の話、自分は中国ネット世論華やかなりし頃に「共産党の前では結局無力」と逆張りした(で、当たった)ことがあったけど、いまの統制強化とネット世論の死に対して「また好転する」とは逆張りできない。ただ、中国は一歩先が闇なので、習近平の暗殺かクーデター発生ならそういうことはありえる。逆に言うとそれ以外で中国が「自由」になる可能性はない。でも、中国人の大部分は「気づいてない幸福な人」として現体制に消極的に納得している。習に弾圧された汚職官僚・軍人グループが暗殺やクーデター起こすことは、中国人を「自由」にしても「幸福」にはしない未来をもたらしそうな気がする。