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スパイの定義わかりますか?中国「反スパイ法」と特定機密保護法の共通点

2015年10月16日

中国で日本人が「反スパイ法」容疑でとのニュースが話題になっている。日本がスパイ行為を行ったのか?どんな行為を?あるいは中国のでっちあげか?などなどさまざまな憶測が飛び交っている。だがそもそも中国ではどのような行為がスパイと見なされるのだろうか。本稿では「反スパイ法」の条文から「中国におけるスパイとはなにか」を考えてみたい。


スパイ行為は取り締まるが、スパイ行為が何なのかはよくわからない

2014年11月1日に反スパイ法(原文は「反間諜法」)という法律が公布・同日施行された。この法律は、スパイ行為を防止し、制止し、懲罰し、国家安全を保護するため制定されたものとされている(反スパイ法第1条)。

では、反スパイ法が定める「スパイ行為」とはなんなのか。反スパイ法第38条では以下のように定義されている。

・スパイ組織およびその代理人が実施すること、他人が実施することを指示、援助すること、もしくは国家内外の機関、組織、個人およびそれに類するものと結託し中華人民共和国の国家安全活動に危害を与える場合
・スパイ組織もしくはスパイ組織およびその代理人の任務の受託に参加した場合
・スパイ組織およびその代理人以外の国外機関、組織、個人が実施すること、他人が実施することを指示、援助すること、国内機関、組織、個人およびそれに類するものと結託し国家機密または情報を窃取、偵察、購入または非法に提供すること、もしくは国家公務員を反動活動に策動、誘因、買収する場合
・敵のために攻撃目標を指示すること
・その他のスパイ活動

ずらずら書かれているが、「国家安全活動に危害を与える行為」「国家機密」、「反動活動」、「スパイ活動」としか述べておらず、何がスパイ行為に該当するのかは一切不明だ。しかも定義の一つに「その他のスパイ行為」まで上げられているというお粗末さ。反スパイ法はスパイ行為を定義し取り締まるための法律というよりは、むしろスパイ取り締まりの権限などを規定した法律である。ちなみに「国家安全、利益、栄誉の擁護は国民の義務」「反スパイ活動に公民は協力しなければならない」といった項目もある。

余談だが、「スパイ行為は取り締まるが、スパイ行為が何なのかはよくわからない」という反スパイ法、見覚えはないだろうか?そう、日本の特定秘密保護法と大差ないのである。つまり、日本政府が指定した情報が特定機密になるのと同様、中国当局が「これはスパイ行為だ」と言いはれば、なんでもスパイ行為になってしまうわけだ。


反スパイ法の量刑とは、死刑の可能性も

そして、反スパイ法第27条~第37条には、これらの行為に対する処罰について規定されているのだが、どれも「犯罪を構成し、法により刑事責任を追及する」としか書かれておらず、具体的な処罰内容については規定されていない。

これは中国の刑事法の特徴で、特別法に具体的な処罰内容を規定せず、処罰内容については全て刑法に委託するという手法を取っている。

具体的には中国刑法第110条には以下のように規定されている。

以下のスパイ行為の一つがあり、国家安全に危害がある場合には、10年以上の有期懲役または無期懲役、情状が軽い場合には3年以上10年以下の有期懲役に処する。
(一)スパイ組織もしくはスパイ組織およびその代理人の任務の受託に参加した場合
(二)敵のために攻撃目標を指示すること

この規定だけ見れば、中国でのスパイ行為は最高で無期懲役の処罰があることになる。しかし、これにはさらなる特則条文がさらに第113条にある。以下が第113条の条文である。

本章上述の国家安全に危害を与える行為の中で、第103条第2項、第105条、第107条、第109条を除いて、国家および人民に特に重大、情状が特に悪い場合には死刑に処することができる。

このように「情状が特に悪い」と判断された場合、最高で死刑もありうることになっている。

ちなみに刑法のスパイ行為に関する条項は反スパイ法制定前から存在している。先に述べたように、反スパイ法は「スパイ行為を取り締まるための当局の権限などについて規定した法律」であり、実は反スパイ法がなくても刑法のみでスパイ行為に対して罰を与えられるようになっていた。


量刑を決めてから罪状を決める、中国の奇妙な司法

ところで、実は中国では刑事罰について考える上で、「このような条文がある」ということにこだわることにはあまり意味がない。というのも、中国の刑事法の適用プロセスは日本とは根本から異なるからである。

日本の刑事法は、「何かしら犯罪に該当する可能性がある行為がある→法律(主に刑法)の条文に該当するかを検査する→該当すると判断された場合に裁判所が刑罰を言い渡す」というプロセスを取る。当たり前に思えるが、中国では真逆のプロセスを取る。すなわち「社会危害性(国民の不安)が強く、刑罰を与えるべき行為がある→社会危害性を考慮してどのくらいの罰を与えるべきか政治的思惑も含めて考慮する→与えるべき罰が定められている条文を探して刑罰を言い渡す」というプロセスである。つまり、「罰するか否か」、「どれくらいの罰を与えるか」が先であり、その後にちょうどいい罰を与えられる条文を探すのだ (1)。

例えば、どう考えても「収賄罪」にあたる行為があっても、それでは量刑が足りないので「横領罪」が適用されることもある (2)。他にも「窃盗罪と横領罪」や「強姦罪や女児姦淫罪」、「故意傷害罪と過失致死罪」などがある意味「フレキシブル」に適用されている現実がある(3)。

この中国独特の刑法適用プロセスを考えると、中国では「このような行為は刑法に書かれていないから安全だ」という理屈は成り立たなくなる。報道では「反スパイ法」にスポットが当てられているが、反スパイ法や刑法のスパイ罪に該当するかどうかをまじめに考えてもあまり意味がない。中国当局が本気で罰しようとすれば、いくらでも別の規定をもってこられるからだ。例えば、スパイ行為に対しても、国家主権に危害を与えたとして、国家安全危害罪(刑法第102条)が適用される可能性もある。

中国のあまりに自由な刑法適用プロセスを奇妙に感じる人も多いだろう。しかし、これが中国の刑事司法なのである。


(1)こうした刑法適用プロセスは1997年改正前の旧刑法で行われていたと指摘されている(小口彦太『現代中国の裁判と法』有斐閣、2003年、140頁)。しかし刑法大改正後も、このようなプロセスをたどったと思われる判決が散見される(坂口一成「中国刑法における罪刑法定主義の命運(2・完)―近代法の拒絶と受容」『北大法学論集』(52巻4号)北海道大学法学研究科、2001年、1255頁、1261頁)。
(2)小口彦太・前掲註1)140頁。
(3)河村有教「現代中国刑事司法の性格―刑事手続上の人権を中心として―」神戸大学、博士学位論文、2006年、96~101頁。

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■執筆者プロフィール:高橋孝治(たかはし・こうじ)
日本文化大学卒業。法政大学大学院・放送大学大学院修了。中国法の魅力に取り憑かれ、都内社労士事務所を退職し渡中。現在、中国政法大学 刑事司法学院 博士課程在学中。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』。特定社会保険労務士有資格者、行政書士有資格者、法律諮詢師、民事執行師。※法律諮詢師(和訳は「法律コンサル士」)、民事執行師は中国政府認定の法律家(試験事務局いわく初の外国人合格とのこと)。『Whenever北京《城市漫歩》北京日文版増刊』にて「理論から見る中国ビジネス法」連載中。ブログ「中国労務事情」を運営。

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