中国コンテンツの検閲問題について、ついついNGワードや細かい規定が話題となりがちなのですが、むしろジャンル規制こそが課題なのかもしれません。
2017年5月2日、「超加速世界!激アツ!!深圳現地レポ」というイベントに登壇させていただきました。しつこく自著『
現代中国経営者列伝』を宣伝させていただいたのですが、観客の皆様には石を投げられることもなく、暖かく迎えて頂きました。
イベント中、中国ゲームの規制が話題に上がりました。「英語の使用が禁止されたため、STARTとはかけずに開始と表示しなければならない」「使ってはいけないNGワードが指定されているが、何が使ってはいけない言葉なのかは政府は公開していない」といった類の話です。
私は中国の検閲についてはかなりよく調べたのですが時間の関係で会場ではちゃんと説明できなかったので、軽くまとめておこうかな、と。
■中国三大検閲とは
中国の検閲ですが、基本的に取り締まりの対象となるものは「統一を揺るがすもの、政府指導者批判」「迷信邪教」「エロ」が中心です。
2009年と古いのですが、「これが中国検閲ソフトのNGワード一覧!アダルトから法輪功関連まで」ではミシガン大学が解析したNGワードリストを紹介しました。
上記画像はエロと宗教関係。これ以外に「習近平」「温家宝」などのトップ指導者の名前も含まれます。「瘟家宝」(温家宝と似た発音)や「ガマガエル」(江沢民のあだな)といった言い換え表現も対象です。
またゲーム、ドラマ、映画、マンガなどそれぞれのジャンルによって多少異なりますが、表現の規制もあります。記事「「剣からしたたる血は3滴まで」細かすぎる中国のマンガ輸入検閲=ONE PIECEを題材として」ではこんなエピソードを紹介しています。
2006年、『ONE PIECE』第1巻の認可を得る時のこと、剣士ゾロの武器である「和道一文字」の切っ先をもともとの尖っている絵から丸くするように要請された。また剣から流れる血は3滴以上になってはならないなど、細かく指導されたという。
また『ONE PIECE』第1巻には主人公ルフィが自分の顔に傷を付けるシーンではあいまいに見せるよう要求された。もともとは刃が顔を傷つけるシーンが描かれていたが、刃は顔の横を通り過ぎるだけ、次のコマで突然傷ができることで読者が想像できるようにするべき、と要請されたという
他にも「愛人は必ず悲惨な末路を迎えなければならない」とか謎の規定があったりします。最近中国で話題のあるドラマでは「
2人の汚職官僚が一人の愛人を共有していた」というのがストーリーのカギを握っていたのですが、最終的には「女は双子でした。汚職官僚はそれぞれ1対1の正常な愛人関係でした!」というとんでもないちゃぶ台返しが。汚職官僚と愛人の話はありでも、2人の汚職官僚が1人の愛人とつきあっていたというのはダメみたいです。
というわけで、明らかに面倒臭い検閲基準に一々対応しなければならないのですが、それだけではなく困ったことに検閲を通過したはずなのに後で怒られるという事例も。記事「
タランティーノ新作「ジャンゴ」、わずか1分で上映中止に=男性器露出の検閲を忘れるうっかりミスか」で紹介しましたが、当局の検閲をくぐり抜けて上映にこぎ着けた映画「ジャンゴ」でしたが、検閲の指摘忘れがあったのか、男性器の露出があったために映画館で上映途中にブラックアウトするという唐突なダメ出しを喰らっています。
■検閲あるのは当たり前、中国コンテンツ企業の“感覚”「こんな検閲でがんじがらめじゃクリエイターやってらんないよ!」というのが中国ネットのあるあるネタなのですが、中国がらみのゲーム、映画、アニメ企業関係者に取材させて頂くと「検閲はそんなに問題じゃない」とのお答えが帰ってきます。検閲基準の細則は公開されておらず不透明なのですが、その程度の非公開情報を引っ張ってくるぐらいの能力がなければ中国で商売はできんということのよう。参入障壁を高める効果はあっても、一定以上の能力を持つ企業にとってはさほど問題ではないとのことでした。いや、それでも上述の「ジャンゴ」のような事件があったり、露出度高い服を来た女性が出るドラマが話題になりすぎて一時放送中止になったりと大事件もあるのですが、言われているほどに検閲だけが問題ではないというお話は意外でした。
参考:
ファン・ビンビンの花魁風中国歴史ドラマが放送中止に=高すぎた露出度を慌てて修正―中国 まあ考えてみれば、我々の目から見れば中国の検閲は異常なわけですが、中国で仕事している人にとっては常態なわけでして。当然あるもの、クリアできるハードルとして認知されているものであり、今さら嘆いている場合ではないということでしょう。
■ヒットが狙えるジャンルそのものが禁止されているという罠ただジャンルそのものが禁止されている、というケースは結構大きなハードルかもしれません。
と思ったのは最近中国で大ヒットしたドラマ「人民的名義」を見ての感想です。汚職官僚と捜査官との攻防を描くというストーリーなのですが、汚職官僚の部屋の作りだったり、不正蓄財の隠し方だったり、微妙にリアルさを感じさせるのが面白いところ。山ほど出てくる登場人物をうまくさばいているあたり脚本もよくできているのですが、ヒットの最大の要因は「似たようなドラマがないから」かもしれません。
官僚の権力闘争などを描くドラマのジャンルを中国では「官場劇」というのですが、2000年代初頭を境目にほぼ絶滅しています。というのも「これはよろしくない」と当局がお達ししたためジャンルそのものが滅んでしまったという……。ではなぜ「人民的名義」は放送できたのかという話になるのですが、このドラマは最高人民検察院が後ろ盾になっているため。他のお役所には汚職官僚がいるのに、検察はいいやつばかりというステキな作りになっています。
よく知られているとおり、中国のリアル官僚による汚職はフィクションをはるかに上回るほどの規模と面白さがあるわけで、本来ならばドラマ化、映画化したいネタに満ち満ちています。が、そうしたネタは基本的にはNGなわけです。
ゲームは比較的ゆるいですが、映画、ドラマはがちがち。アニメでも「日本国が占領されて植民地になっている」という設定の『コードギアス』などは、中国版を作るのは困難でしょう。まあ他のジャンルでヒットを狙うわけですが、面白そうな設定、ジャンルが封印されているというのはせつないものがあります。
ちなみに一時期流行った抜け穴があります。それは「抗日戦争ドラマ」という体裁で別ジャンルの作品を作ること。抗日雷劇(トンデモ抗日戦争ドラマ)と呼ばれるこれらの作品には、「抗日戦争ドラマを建て前にカンフーアクション」「抗日戦争ドラマを建て前にアイドルドラマ」「抗日戦争ドラマを建て前に西部警察」「旧日本軍、女性共産党スパイの拷問に亀甲縛りを披露」などの迷作が次々と登場していました。
参考:
クリエイターの逃げ場となった中国の「抗日戦争ドラマ」=“抗日”というビジネス*拙著『
現代中国経営者列伝』が出版されました。「中国企業の経営戦略やエピソード、そして創業経営者の生い立ちや人となりをまとめた一冊。これまでに、ありそうでなかった中国経営者たちの「伝記集」というスタイル」です。
試し読みもあります。