2017年5月24日、台湾の司法院は「同性婚を保障していない民法は違憲」との大法官解釈を示しました(中華民国106年5月24日院台第二字第1060014008号)。この解釈により、立法院は2年以内に同性婚を認める法改正を実施する必要があります。またもし法改正をしなかった場合でも、2年後には現行法の下で同性婚が可能となります。今回はこの解釈がはらむ問題性を考えます。
Taiwan Pride 2011-2 / Carrie Kellenberger I globetrotterI
司法院とはなにか
そもそも、大法官解釈とは何でしょうか。大法官解釈とは、台湾の最高司法機関である司法院を構成する15人の大法官が出す憲法解釈もしくは法令の統一解釈を言います。大法官とは、憲法解釈や法令の統一解釈、政党の違憲宣言および解散、総統・副総統の弾劾を行うのが役目です。
大法官は総統が推薦し立法院の承認によって任命されます。任期は8年で、ベテランの裁判官、検察官、弁護士、大学教授及び法学者、法学専門知識がある政治家というキャリアが条件となります。ところで、司法院とは、台湾における司法権を担う最高機関ではありますが、最高法院(日本でいう「最高裁判所」)とは別の機関であるため、形式的には「司法機関」ですが、事実上「行政機関」でもあります。台湾の全ての法院(裁判所)は司法院の下部組織として位置づけられています。なお、大法官は、憲法解釈や法令解釈は行いますが、通常の裁判は行わないため「法官(裁判官)」とは区別されています。
違憲審査の大法官解釈には憲法と同等の効力があるとされています。大法官解釈が違憲を宣言した場合は、その法令は失効し、改廃することが求められます。台湾で、法律に対する違憲審査を行うことができるのは、「大法官解釈」のみです。
司法院での違憲審査を請求できるのは、中央政府、地方機関、人民(法人および政党を含む)、立法委員です。中央政府や地方機関(これらの中には裁判所も含まれる)による違憲審査請求では法令に憲法抵触の疑義があれば違憲審査を請求できます。立法委員は立法院で審議中の法令が違憲かどうかを請求できます。唯一、人民による違憲審査請求だけは、ある事件の訴訟があって、その確定判決に違憲の疑義がある時のみ行使できます。つまり、まずはなんらかの具体的な訴訟がなければ違憲審査は請求できないわけです(註1)。
違憲審査の経緯
つまり、今回の大法院解釈も前提として、具体的な訴訟があったのです。それが祁家威さんの訴訟です。祁家威さんは2013年に男性パートナーとの結婚登記を申請しましたが、行政府は不受理にし、訴訟となりました。2015年8月には最高行政法院の判決が下り、不受理が確定しますが、祁さんは同性婚を禁じた民法は違憲だとして司法院の違憲審査を請求しました(註2)。
ここで興味深いのが2015年11月には台北市政府も同様に、同性婚禁止の民法は違憲だと審査を請求した点です。台北市の柯文哲市長は無所属ですが、総統選では蔡英文支持に回った急進リベラル派です。つまり、政治の側からも同性婚解禁に向けての後押しがあったということです。
同性婚解禁のロジック
今回の大法官解釈では、どのようなロジックで違憲と認定したのでしょうか。
台湾民法が相対的な性別を持つ二人が共同生活を営む目的で具体的に親密的で排他性のある永久の結合関係を築くことができるようになっていないのは、台湾憲法第22条が保障する婚姻の自由と第7条に規定する人民の平等を保障するという趣旨に違反する。
端的にまとめるとこのような理屈となります。実はこの憲法解釈はかなり飛躍したものといわざるを得ません。
実は台湾憲法には婚姻の自由を規定した条文は存在しません。台湾憲法第22条には「人民のその他の自由および権利は、社会秩序・公共の利益を害さない範囲で等しく憲法の保障を受ける」と規定されています。いわゆる憲法に規定されていない権利を創設するための条文ですが、これまで「憲法第22条を根拠に婚姻の自由は保障されている」との憲法解釈はありませんでした (註3)。
憲法第22条で創造された権利で、婚姻の自由に近いのは「婚姻および家庭の保障」に関する大法官解釈ですが、これは特殊な状況下での重婚や姦通罪に関する解釈などに関して言及したのみです(註4)。また、台湾憲法第7条は「中華民国人民は、男女、宗教、種族、階級、党派によって分けられず、法律上一律に平等である」と規定しています。そして、この「男女平等」は性別が異なっても経済的、社会的、政治的、教育上同等の地位が与えられるという「機会の平等」の意味であると解されています(註5)。今までの憲法解釈の枠を踏み越えた、飛躍した解釈になったと言えそうです。
「同性婚は社会秩序・公共の利益を害さない権利に属するため、憲法第22条により認められる」との論理ならいざ知らず、「憲法第22条の婚姻の自由および第7条の男女平等」から、「同性婚を認めない民法は違憲である」と言うには、少々無理があるのではないかという印象がぬぐえません。
飛躍した憲法解釈の目的と危険性
この“頑張った”違憲審査はいったい何を目的としているのでしょうか。
第一に台湾=中華民国がリベラルな国であること、普遍的人権を擁護する国であることをアピールする効果があります。台湾各紙は「台湾は全世界で24番目の、そしてアジアで初めての同性婚合法国家になる」と報じています (註6)。確かに今回の大法官解釈は国際社会にも大きなインパクトを与えたと言えるでしょう。
第二に台北市の請求があったことからもわかるとおり、同性婚解禁を求める政治勢力も存在しています。しかし、これをいきなり立法院の議題として真っ向から民法改正に踏み込むと、保守派の反発が激しく大問題になってしまいます。「司法院の判断だから変えるしかないね」というお墨付きを得た上で民法改正に望むという戦略があるようにも思えます。
こうした考えはわからないでもないのですが、飛躍した憲法解釈を盾に法改正を進めるという手法には違和感を覚えます。憲法の恣意的な利用が行われているからです。さらに、本当に「まず違憲の大法官解釈から」という動きがあったのだとしたら、五権分立(台湾は、国家権力を五つに分解するので、三権分立ではない)はどうなるという問題もあります。
今回はリベラル派が歓迎すべき結果がもたらされましたが、将来は憲法がどう運用されるか分からないという先例を作ってしまったとも受け取れます。
なお余談ですが、今回の大法官解釈について保守派の反発は強烈なものがあります。違憲審査期間中やその後も、司法院前ではデモ活動などが行われていました。「憲法解釈は無効」、「台湾は同婚を歓迎しない」、「人民はこの結果を受け入れない」、「司法院の恥さらし」、「伝統婚を壊すな」などの怒号が飛び交ったと報じられています(註7)。今後の民法改正もすんなりとは進まないでしょう。
ところで、今回は大法官会議の結果、同性婚未保障は台湾では違憲ということになりましたが、15人の大法官のうち、判断の内訳は以下のようになっています。11人違憲判断、3人違憲判断に反対、1人棄権。このうち違憲判断に反対した大法官の意見は「同性婚は世界的に普遍的な人権とは言えない」、「伝統的婚姻が破壊されるという市民からの陳情も多く受け取っている」、「異姓婚と同性婚は同等とは言えない」といったものでした(註8)。そして、この大法官の反対意見を大きく取り上げた報道もあることから、台湾社会全体が同性婚容認を歓迎しているわけではないとも言えそうです。
(註1)ここでの「大法官」および「大法官解釈」の解説は以下の資料を参照した。蔡秀卿=王泰升『台湾法入門』法律文化社、2016年、27~29頁、57~63頁。簡玉聰「台湾」鮎京正訓(編)『アジア法ガイドブック』名古屋大学出版会、2009年、79~81頁。曽憲義(主編)『台湾法概論』中国・中国人民大学出版社、2007年、37~38頁。劉作揖『法學諸論』(修訂11版)台湾・三民書局、2011年、99頁。
(註2)「同婚解憲大事紀」『自由時報』2017年5月25日付A3面。
(註3)黄炎東『中華民國憲法新論』(第2版)台湾・五南図書出版、2006年、54頁以下。
(註4)呉信華『憲法釋論』台湾・三民書局、2011年、385~386頁。
(註5)謝政道(編著)『中華民國憲法』台湾・華立図書、2007年、48頁。黄炎東・前掲(註3)64頁など。(註6) 「反同婚 違憲」『釋聲日報』2017年5月25日付1面。「國際能見度瞬漲」『蘋果日報』2017年5月25日付A5面。「23國承認同婚 台灣将成下一個」『中國時報』2017年5月25日付A2面など。
(註7) 「反同抗議:釋憲無効 全民公投」『中華日報』2017年5月25日付A3面。「反同怒吼 要小英下台」『中國時報』2017年5月25日付A1面など。
(註8) 「『同婚非普世人權』有大法官提不同意見」『蘋果日報』2017年5月25日付A2面。「呉陳鐶:同婚非普世人權」『中國時報』2017年5月25日付A2面など。
■執筆者プロフィール:高橋孝治(たかはし・こうじ)
日本文化大学卒業・学士(法学)。法政大学大学院修了・会計修士(MBA)。都内社労士事務所に勤務するも、中国法の魅力に取り憑かれ勤務の傍ら、放送大学大学院修了・修士(学術)研究領域:中国法。後に退職・渡中し、中国政法大学 刑事司法学院 博士課程修了・法学博士。特定社労士有資格者、行政書士有資格者、法律諮詢師(和訳は「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『
ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会、2015)。『時事速報(中華版)』に「高橋孝治の中国法教室」連載中。