津上俊哉氏の新刊『
「米中経済戦争」の内実を読み解く』(PHP新書、2017年)が出版された。
2013年の『中国台頭の終焉』(日経プレミアシリーズ)、2014年の『中国停滞の核心』(文春新書)、2015年の『巨龍の苦闘 中国、GDP世界一位の幻想』(角川新書)に続く新書シリーズ第4弾である。
一連の著作を私は「中国経済、行く年来る年」と呼んでいる。直近1年間の中国経済のホットトピックが簡潔にまとめられた著作として毎年楽しみにしていたためだ。2016年の出版がなく残念に思っていたが、今年復活したのはなんともありがたい話である。
目次は以下の通り。
はじめに
第一章 習近平の政権力学
第二章 第十九回中国共産党大会―習近平政権の天王山
第三章 トランプの対中政策――「米中経済戦争」の内実
第四章 習近平の対トランプ政策――首脳会談での「踏み込んだ発言」
第五章 北朝鮮問題――中国による「レジーム・チェンジ」の可能性
第六章 中国バブルは崩壊するのか――九〇年代日本に似てきた中国経済
第七章 中国経済の今後――グッドニュースとバッドニュース
第八章 人民元と資本流出
第九章 戦略的な日中関係のために
おわりに
1章から5章は政治、外交にあてられているのが新基軸だ。目次を見るだけでも政治、外交の重要点を抑えた内容であることが理解していただけると思うが、個人的に我が意を得たりと膝を打ったのは、中国政治について得たヒューマント情報(人を媒介として得られた情報)は鵜呑みにできないと赤裸々に語っている点だ。
習近平は総書記就任前、「凡庸な男」「江沢民には逆らえない」などなど言われてきたが、それがいかに間違った情報であったかは今、明らかとなっている。「「中国政治通」と呼ばれる人々の言説がこれほど当てにならないとは衝撃だった」と津上氏は吐露している。本書ではそうした内部情報ではなく、実際にどのような政策を行っているかを見て判断するという手法で、津上氏流の政治分析を展開している。
第六章から第八章がいつもどおりの「行く年来る年」的経済分析となる。なぜ、紙幅をあまり割かなかったのか、その理由は「過去数年の中国経済分析は、それなりに当を得ていた。しかし、「ほら言ったとおりでしょ?」だけで本は書けない、というのが理由の一つだ。もちろん毎年少しずつ新しい変化が起きるから、書くことがない訳ではないが、そういう「差分ファイル」みたいな分析・解説だけではな、我ながらつまらないと思う」(「はじめに」より)とのこと。
書き手として非常に誠実な態度だが、「行く年来る年」を期待していた身としては若干残念なところもあるが、第六章の地方債、第七章のニューエコノミー(シェアリングエコノミーとかもろもろ)、第八章の人民元安と資本流出問題と過去1年間のホットトピックは押さえられているはさすがである。
特に個人的に関心が高いのは地方債だ。一時期、シャドーバンキングが~、理財商品が~、土地融資プラットフォームが~と取り沙汰されたことを覚えている方は多いのではないだろうか。「あんなに騒いでいたのに結局爆発しなかったじゃん!」と思われている方も多いと思うが、実のところ中国政府は懸命に火消しを頑張りつつも、別のポイントに火種が移るといういたちごっこが繰り返されている。そのいたちごっこの最新情報が地方債である。
お金を調達して地方経済を激しく成長させたい地方政府と、あまり負債を積み上げるなよという中央政府の対立。それは土地の払い下げから始まり、土地融資プラットフォームによる銀行融資に移り、シャドーバンキングの活用へ移行し、そして今地方債が主戦場となっている。
債務に関しては東アジア三国志説を私は唱えていて、家計債務の韓国、政府債務の日本、企業債務の中国という三者三様の債務事情だったはずだが、中国は今、もろめっちゃ政府債務を伸ばしているんでないの?!日本と似てきたよね、お友だち!というのが津上さんの問題意識ではないだろうか。
とまあこんな感じで、一応中国の専門家であるはずの私も、この一年間の復習として読んでいる津上さんの著作、オススメですよとお伝えしたい。
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