• お問い合わせ
  • RSSを購読
  • TwitterでFollow

弁護士と「公正」~中国弁護士制度史

2019年02月16日

2019年2月1日の『朝日新聞』12面には「中国の司法:弁護士の権利を守れ」という社説が掲載された。この社説では、中国共産党批判を行う弁護士が中国で拘束される問題をあげ、以下のように述べる。「中国のような一党支配国家でも、公正な司法が社会秩序の土台にあるべきだ。弁護士の権利さえ守れないようならば、司法のシステムが機能を失い、国の統治も不全に陥る」。

しかし、この主張は的を射ているのだろうか。中国の弁護士(中国語原文では「律師」)制度について考えてみたい。

中国の弁護士制度はいつからあるのだろうか。古代の弁護制度については不明な点が多いものの、『左伝紀事本来(三)』という書物に、紀元前632年に弁護士を呼んでの訴訟が行われた記述があるという(このときは中国語でも「律師」ではなく「弁護士」という表現が用いられていた)。

近代中国の弁護士制度は、1912年9月16日に中華民国の北洋政府が公布した「律師暫行章程」により始まった。そして、中華人民共和国成立以降は、1953年に上海市人民法院が「公設弁護人室」を開設し、刑事事件の被告が弁護士を請求できるようになったことにより始まる。中国では新しい制度の案があると、まず一地方で本当にその制度がうまくいくのか実験してから中国全域で適用される法制度に「格上げ」することがある。中華人民共和国の弁護士制度も、まず地方から順次開始されていった。1954年7月には、北京、上海、天津、重慶、武漢、瀋陽などで弁護士制度が始まり、1954年9月に制定された人民法院組織法第7条に「被告人は自ら弁護権を行使する以外に、弁護士に委託することができる」と規定された。

しかし、1957年後半の反右派闘争からプロレタリア文化大革命終了後である1979年まで、「弁護士制度はブルジョア階級の産物である」とされ中国は弁護士不在の時代を迎える。1980年1月26日に鄧小平は「現在我々は司法部門の幹部にもなれる。これには裁判官、弁護士、審判官、検察官、専門警察を含み、少なくとも100万人の不足が生じている」と発言した。これにより中国で再び弁護士制度が始まることになる。同年8月26日に律師暫行条例が公布され(1982年1月1日施行)、さらに1980年10月29日から11月5日にかけて全国弁護士業務座談会(中国語原文は「全国律師工作座談会」)も開催され、弁護士制度の再建についても協議がなされた。

しかし、この頃および1950年代の中国の弁護士制度は、以下のようなものであった。すなわち、弁護士とは国家の法律工作者であり、国家機関、企業や事業単位、社会団体、人民公社および公民に法律サービスを提供し、国家、集団の利益および公民の合法的利益を保護することを任務としている(律師暫行条例第1条)。そして、弁護士が職務を行う機関は、法律事務所であり(律師暫行条例第13条第1項)、法律事務所は、司法行政機関の一部であり、さらに司法行政機関から組織指導および業務監督を受けていた(律師暫行条例第13条第2項)。つまり、弁護士は司法行政機関の職員であり、法律事務所も国家の費用で運営され、弁護士の自治も否定されていた。いわば、弁護士は公務員であり(「公律師」とも呼ばれた)、行政サービスの一環として弁護士業務を行っていたのである。そして、このような弁護士制度は、計画経済期の弁護士のあるべき形とまで評された。

そして、1991年に鄧小平は南巡講話を出した。そして、1993年11月26日に「弁護士業務深化に関する改革の方案(中国語原文は「関于深化律師工作改革的方案」)」が出され、パートナーシップ制法律事務所(中国語原文は「合伙制律師事務所」)が試験的に開始した。パートナーシップ制法律事務所とは、司法行政機関から許可を得て、パートナー弁護士が出資することにより設立される私的所有に属する法律事務所である。つまり、パートナーシップ制法律事務所の登場により、中華人民共和国でもようやく国家から独立した形態の弁護士および弁護士事務所が認められるようになったと言える。

ところが、2012年3月14日に改正された中国刑事訴訟法第46条では以下の条文が追加された(2013年1月1日施行。2018年の刑事訴訟法改正以降は第48条)。「弁護を行う弁護士は業務活動中に知った委託者に関する状況および情報について守秘する権利を持つ。ただし、弁護を行う弁護士が業務活動中に、委託人もしくはその他の者が国家安全に危機を与える、もしくは公共安全および他人の人身に重大な危害を与える犯罪を準備しているもしくはまさに行っている場合、ただちに司法機関に連絡しなければならない」。

これまでは中国の弁護士にも「守秘義務」はあったが、それが「守秘の権利」に「格下げ」され、しかも、被告人が別の犯罪を計画していたことを知った場合に、「通報義務」が課されることになった。これでは、被告人は弁護士に安心して相談ができない。言い換えれば、中国の弁護士は、依頼者のための存在というよりかは、中国政府と一体となって犯罪者を追及するという側面がある存在になったと言えよう。また、元来中華人民共和国の弁護士とは「公務員」であり、パートナーシップ制法律事務所制度導入によって、「公務員」から遠のいたものの、この2012年の改正刑事訴訟法による「守秘の権利」と「通報義務」制度の導入は、弁護士が公務員に一歩戻るものであったと評価できよう。まさに、現在は廃止されたものの1982年の律師暫行条例第1条のように、公民の合法的利益のみならず、国家機関などの利益も保護しなければならないという弁護士制度の趣旨は現在も生きていると言えよう。

さて、以上のような中国の弁護士制度について見てみると、冒頭で述べたような、「中国のような一党支配国家でも……弁護士の権利さえ守れないようならば……国の統治も不全に陥る」との認識は誤りであるということになる。中華人民共和国では弁護士とは元来公務員であり、市民のみならず国家(場合によっては中国共産党)の利益をも守る存在なのである。
 中国共産党に逆らう弁護士の拘束事件は中国では後を絶たない。今後、中国の弁護士制度がどのように変遷するのかは注視していきたい。

※本稿は、筆者が発表した学術論文:高橋孝治「中国の2012年改正刑事訴訟法における弁護士の『守秘の権利』および『通報義務』に関する考察」『日中社会学研究』(26号)日中社会学会、2018年、67~77頁収録を大幅に簡素化したものである。完全版をご覧になりたい方は、当該論文版を国会図書館などでお読みください。


■執筆者プロフィール:高橋孝治(たかはし・こうじ)
日本文化大学卒業・学士(法学)。法政大学大学院修了・会計修士(MBA)。都内社労士事務所に勤務するも、中国法の魅力に取り憑かれ勤務の傍ら、放送大学大学院修了・修士(学術)研究領域:中国法。後に退職・渡中し、中国政法大学 刑事司法学院 博士課程修了・法学博士。特定社労士有資格者、行政書士有資格者、法律諮詢師(和訳は「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会、2015)。『時事速報(中華版)』に「高橋孝治の中国法教室」連載中。ブログ「中国法研究の資料室」を運営。

コメント欄を開く

ページのトップへ