中国、新興国の「今」をお伝えする海外ニュース&コラム。
2019年05月12日
社会主義国家である中国には、もともと国有企業しか存在しないという“建前”があった。ゆえに法律も国有企業について規定した「国営工業企業工作条例(草案)」しか存在しなかった。
*「(草案)」とついているが、この名称のまま施行された。このあたりも中国法の厄介なところである。
1978年から始まった改革開放政策により、私営企業や外資企業が認められるようになると、「私営企業暫行条例」や「中外合資経営企業法」などの企業法が作られる。国有企業、民間企業、外資企業、合弁企業など、経営者ごとに適用される法律が異なる仕組みだ。
この時点ですでにややこしいが、世界貿易機関(WTO)加盟のために1993年に制定された会社法(公司法)によってさらに複雑さを増している。中国はWTO加盟の条件を満たすためにさまざまな改革を行ったが、企業に関する法律もその一つだ。株主平等の原則など、グローバルスタンダードに準拠した会社法が制定された。その内容は日本の会社法にも近い内容だが、問題は以前から存在していた企業法が廃止されなかったため、経営者に応じた企業法と企業の責任形態(有限責任か無限責任かなど)に応じた会社法という、次元の異なる二種類の法律が同時に存在していることだ。
そして、今年3月に制定された外商投資法は企業法の改正だ。従来の「外資企業法」、「中外合資経営企業法(いわゆる合資企業を規制する企業法)」、「中外合作経営企業法(いわゆる合弁企業を規制する企業法)」が廃止され、新たな「外商投資法」に統合された。
その内容だが、中国内の外資企業と内資企業の平等(第4条)や公平競争などの保障(第16条)、外資企業の知的財産権の保護や行政機関による技術移転強制の禁止(第22条)などが注目を集めている。中国市場の透明性が改善する契機になると期待する声も上がっているようだ。
ただ、法律全体を読み込むと、歓迎できないような内容も含まれている。社会主義市場経済制度の促進(第1条)、社会公共の利益を損なってはいけない(第6条)、国家や社会公共の利益のために契約が変更されるとしている(第25条)といった条文がそうだ。
「社会公共の利益を損なってはいけない」など当たり前の話に思われるかもしれないが、こうした文言はこれまで社会主義国・中国の利益も守るためという理屈で、外資系企業の活動にさまざまな障害をもたらす法源となってきた。中国では、法律の字面だけでは十全な理解は難しく、これまでどのように用いられてきたのかという歴史や経緯、運用を知る必要がある。
結局のところ、新しい外商投資法でも、これまでと変わらず外資企業に不利な運用がなされる可能性は十分にある。そのため現時点ではプラスもマイナスの評価もできない、2020年の運用開始を待つのみといったところだろうか。
こうした法律の解釈余地が多く、政府の都合がいいように解釈できるという点が、米国の不信感を招き米中貿易摩擦の背景の一つとなっている。“秋波”に見える外商投資法でもその点に変わりはなく、米政府も歓迎できないでいるのではないか。